AIは医療者を脅かすものではなく、能力を拡張する頼もしいパートナーです。
本章では、AI技術の基本構造(AI・機械学習・深層学習)と、現代医療におけるその重要性を学びます。
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人工知能 (AI):
人間の知的活動を模倣する技術の総称。 -
機械学習 (ML):
データからルールやパターンを学ぶ技術。 -
深層学習 (DL):
脳を模した構造で、複雑な特徴さえも自ら発見する高度な技術。
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第4次産業革命:
聴診器や顕微鏡に続く、新たな「知の道具」としてのAI。 -
EBMの進化:
爆発的に増える医学情報を整理し、意思決定を支援するブースター。 -
医療DX:
AIというエンジンを動かすための、質の高いデータ基盤(燃料)づくり。
もし、世界中の最新論文を瞬時に整理し、疲労を知らずにサポートを続ける、頼もしいアシスタントがいたら。そんな未来を想像したことはありますか?

日々の診療で、膨大な情報の中から最適な治療法を探し出す場面や、わずかな画像の陰影から病の兆候を読み取ろうと苦心する場面。医療の現場は、常に知的な挑戦と決断の連続です。そこに今、人工知能(AI)という、これまでの常識を覆す可能性を秘めた新しいパートナーが登場しようとしています。

これは、遠い未来の話ではありません。AIはすでに、放射線診断支援や皮膚病変の分類といった臨床現場で応用が始まっており(Esteva et al., 2017; Topol, 2019)、医療の形を静かに、しかし確実に変えつつあります。この連載は、そんなAI時代を生きるすべての医療者が、新たな冒険に乗り出すための「地図」となることを目指しています。さあ、一緒に未来への扉を開けてみましょう。
AI、機械学習、深層学習 ― 「賢いアシスタント」の正体とは?
「AI」と聞くと、まるで人間のように思考する万能な存在をイメージするかもしれません。しかし、その正体を少しだけ分解してみると、もっと親しみやすい姿が見えてきます。
AI、機械学習、深層学習の関係は、よく「入れ子構造」で説明されます。こんなイメージです。
人工知能(AI):私たちの「賢いアシスタント」
人工知能(AI)は、一番大きな枠組みです。これは特定の技術を指す言葉ではなく、「人間の知的な活動をコンピュータで再現しよう」という壮大な目標そのもの、あるいはそのための技術全般を指す言葉です。例えば、ルールに基づいて自動で応答するチャットボットから、次に紹介する深層学習を用いた画像診断支援システムまで、すべてがAIファミリーの一員です。

機械学習:経験から学ぶ「勉強家」
そのAIという大きな箱の中に、機械学習(Machine Learning)という分野があります。これは、AIに「賢さ」を与えるための、極めて重要な学習エンジンです。機械学習の面白いところは、人間が一つひとつルールを教え込むのではなく、大量のデータ(経験)から、コンピュータ自身がルールやパターンを見つけ出す点にあります。
例えば、たくさんの心電図データと「正常」「異常」という正解ラベルをコンピュータに見せることで、「こういう波形パターンは異常の可能性が高い」というルールを自ら学習していく。まるで、膨大な症例を経験して診断の腕を磨く医学生のようですね。

深層学習:「直感」にも似たパターン認識力
そして、機械学習という手法の中に、現在最も注目されている深層学習(Deep Learning)があります。これは、人間の脳の神経細胞(ニューロン)のネットワーク構造にヒントを得た「ニューラルネットワーク」を、非常に多層(深く)にしたものです(LeCun et al., 2015)。

深層学習の凄さは、データの中からどの特徴に着目すべきかさえ、自ら発見してしまう点にあります。従来の機械学習では、人間が「この波形の高さに注目」「この間隔が重要」といった特徴(特徴量)を設計してあげる必要がありました。しかし深層学習は、レントゲン写真のピクセルデータそのものから、人間では言葉にしづらいような複雑で微妙なパターンの組み合わせを捉え、病変の「らしさ」を学習できます。これはもはや、長年の経験で培われたベテラン専門医の「直感」にも似た、高度なパターン認識能力と言えるかもしれません。今日の医療AIの目覚ましい発展は、この深層学習の登場によるところが大きいのです (Goodfellow et al., 2016)。
医療AIの主な応用領域
AI技術は、すでに様々な形で医療応用への研究開発が進んでいます。その代表的な領域をいくつか見てみましょう。
ただし、ここに挙げたものはあくまで応用領域の一部であり、すべての技術が一般診療で承認・実装されているわけではない点には注意が必要です。
なぜ今、医療AIなのか? 時代が求める新しい羅針盤
AIという技術がこれほどまでに注目されるようになった背景には、私たちの社会、そして医療が直面している大きな変化があります。
第4次産業革命:医療の「道具」が根本から変わる
人類はこれまで、蒸気機関(第1次)、電気(第2次)、コンピュータ(第3次)と、大きな産業革命を経験してきました。そして今、AIやIoTが社会のあり方を根本から変える第4次産業革命の真っ只中にいると言われています(Schwab, 2016)。聴診器や顕微鏡が医療を大きく進歩させたように、AIは私たちの「知の拡張ツール」として、診断や治療のプロセスそのものを変革するポテンシャルを秘めているのです。

Evidence-Based Medicine (EBM) の進化形
私たちは日頃からEvidence-Based Medicine (EBM)、つまり「最善の科学的根拠、医療者の経験、そして患者の価値観」を統合して医療を実践しています。しかし、爆発的に増え続ける医学論文や臨床データを、一人の人間がすべて把握するのはもはや不可能です。
ここでAIが強力な武器になります。AIは、膨大な文献やデータの中から、目の前の患者に最も関連性の高いエビデンスを瞬時に探し出し、整理して提示してくれます。これはEBMを否定するものでは決してなく、むしろEBMの実践を、より高いレベルで、より効率的に行うためのブースターなのです (Topol, 2019)。

デジタルトランスフォーメーション (DX):AIが活躍する「土壌」
そして、これらを実現するための土台となるのが、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。DXとは、単に紙のカルテを電子カルテに置き換える「電子化」ではありません。デジタル技術を前提として、医療の提供プロセスや病院の運営、さらには患者とのコミュニケーションまで、あらゆるものをより良い形に変革していく活動全体を指します。
整理され、標準化された質の高いデジタルデータがなければ、AIはその能力を十分に発揮できません。日本の厚生労働省も「医療DX令和ビジョン2030」を掲げ、その重要性を強調しています(Ministry of Health, Labour and Welfare, 2022)。病院全体のDXを推進することは、AIという高性能なエンジンを動かすための、いわば「質の良い燃料」を確保することに他ならないのです。

さあ、冒険の始まりだ
AIは医療者を脅かす存在ではなく、むしろ私たちの能力を補完し、拡張するパートナーと言えます。ただし、その導入にあたっては、医療者の役割や労働環境への影響を慎重に考慮し、倫理的な議論を深めていくことが不可欠です(WHO, 2021)。
このコースでは、この新しいパートナーの「言葉」を学び、「思考回路」を理解し、そして「力を引き出す」ための方法を、一歩ずつ探求していきます。数学やプログラミングといった基礎的な道具の使い方から、画像診断や自然言語処理といった具体的な応用、さらには社会実装や倫理といった冒険の心得まで。未来の医療を自らの手で創り出すための、知識とスキルを巡る旅が、今ここから始まります。
参考文献
- Esteva, A., Kuprel, B., Novoa, R.A., Ko, J., Swetter, S.M., Blau, H.M. and Thrun, S. (2017). Dermatologist-level classification of skin cancer with deep neural networks. Nature, 542(7639), pp.115-118.
- Goodfellow, I., Bengio, Y. and Courville, A. (2016). Deep Learning. MIT Press.
- LeCun, Y., Bengio, Y. and Hinton, G. (2015). Deep learning. Nature, 521(7553), pp.436-444.
- Meskó, B., Drobni, Z., Bényei, É., Gergely, B. and Győrffy, Z. (2017). Digital health is a cultural transformation of healthcare. npj Digital Medicine, 1(1), pp.1-8.
- Ministry of Health, Labour and Welfare (2022). 医療DX令和ビジョン2030 [Online]. Available at: https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000204414_00012.html (Accessed: 29 September 2025).
- Schwab, K. (2016). The Fourth Industrial Revolution. World Economic Forum.
- Topol, E.J. (2019). High-performance medicine: the convergence of human and artificial intelligence. Nature Medicine, 25(1), pp.44-56.
- WHO (2021). Ethics and governance of artificial intelligence for health: WHO guidance. World Health Organization.
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