[Literacy] 「がん」と向き合うための知的武装:知ることから始める、最初の一歩

「がん(悪性新生物)」—この言葉は、現代を生きる私たちにとって、特別な響きを持っています。ご自身や大切なご家族がその告知を受け、今まさに不確実性の霧の中にいる方。かつて、懸命にがんと向き合った愛する人を思い出す方。そして今は、遠い世界の出来事のように感じている方。このテーマに対する一人ひとりの距離感や感情は、様々でしょう。

日本の国立がん研究センターの報告によれば、生涯のうちに何らかのがんに罹患すると推計される確率は、男性で65.5%、女性で51.2%とされています(2019年のデータに基づく推計、National Cancer Center Japan, 2024)。「2人に1人」が経験する可能性があるという事実は、がんに関する正確な知識が、専門家だけのものではなく、自らの人生のCEOとして主体的に健康を考えるすべての人にとって必須の教養であることを示唆しています。

しかし、情報が溢れる現代において、私たちはしばしば断片的な知識や過度な恐怖、あるいは根拠のない楽観論に惑わされがちです。

この記事の目的は、個別の治療法を論じることではありません。それは、一人ひとりの状況に合わせて、主治医と丁寧に紡いでいくべき、極めて個別性の高いものです。私の役割は、この複雑なテーマを前に、私たちが共有できる普遍的で科学的な「地図」の基本を提供することです。

がんの本質を冷静に、構造的に理解することは、いたずらに恐怖を煽るのではなく、むしろ私たちがこの疾患に対して持つ漠然とした不安の輪郭を明確にし、客観的な視点を取り戻すための力となります。それは、今まさにがんと向き合っている方にとっては自らの状況を把握し、主体的に治療に参加するための羅針盤となり、そうでない方にとっては、未来のリスク管理や、大切な人を支えるための揺るぎない知的基盤となるはずです。

目次

がんとは何か?―「設計図にエラーが生じた細胞」という視点

私たちの身体は、近年の推計によれば約30兆から40兆個の細胞から成る、精緻なシステムであるとされます(Sender, Fuchs and Milo, 2016)。これらの細胞は、体内の各所で決められた役割を担い、古くなれば自ら消滅し(アポトーシス)、新しい細胞と入れ替わるという厳格な秩序のもとで生命活動を維持しています。この秩序の根幹をなすのが、細胞の核に存在する「DNA」という生命の設計図です。

がんの物語は、この設計図に「エラー(遺伝子変異)」が生じることから始まります。

細胞は分裂して増殖する際、DNAを正確にコピーしますが、このプロセスは常に完璧ではありません。紫外線、喫煙、特定の化学物質やウイルスといった外部からのダメージ、あるいは全くの偶然によって、コピーミスが起こり得ます。

幸い、私たちの身体には、エラーを修復したり、修復不可能な細胞を排除したりする高度な監視・修復システムが備わっています。しかし、稀にこの監視をかいくぐり、複数の重要なエラーが特定の細胞に蓄積することで、細胞はシステムの統制から逸脱してしまいます。

これが、「がん細胞」の誕生です。

がん細胞は、正常な細胞が失った、あるいは持たない、いくつかの特徴的な性質を獲得します。

  • 自律的な増殖: 周囲からの指令を待たず、自己の判断で増殖し続けます。
  • 増殖抑制への抵抗: システムからの「増殖停止」というブレーキ信号を無視します。
  • 無限の増殖能: 正常細胞に定められた分裂回数の上限を超え、無限に分裂を繰り返します。

この制御不能な増殖こそが、がんという現象の本質です(Hanahan and Weinberg, 2011)。

がん細胞の誕生:設計図(DNA)にエラーが生じた細胞の物語 🧬 1. 正常な細胞 DNAの設計図に従い 秩序をもって分裂・増殖 監視・修復システムが エラーを正常に処理 💥 2. 設計図のエラー 外的要因や偶然により DNAにエラーが蓄積 監視システムを すり抜けてしまう がん細胞 自律的な増殖 周囲の指令なしに 勝手に増え続ける 🚫 増殖抑制への抵抗 「止まれ」という ブレーキを無視する ♾️ 無限の増殖能 正常な寿命を超えて 無限に分裂を繰り返す

がんの原因は一つではない:科学が解き明かす複雑な要因

がんは、なぜ発生するのでしょうか。この問いに対する科学の答えは、「単一の原因はない」というものです。がんの発症は、複数の要因が複雑に絡み合った結果であり、誰か一人の責任に帰するべきものでは決してありません。

がん発症の3つの主要因 発症は、複数の要因が複雑に絡み合った生物学的な事象です 🚬 環境要因と生活習慣 喫煙、食事、運動不足、 ウイルス感染など。 予防可能な要因として 重要視されています。 🧬 遺伝的要因 親から受け継いだ遺伝子が 発症しやすさに関わること があります。 ただし、強く関与するのは がん全体の5〜10%程度です。 🎲 偶然という要因 生涯を通じた膨大な 細胞分裂の過程で、 確率的に避けられない DNAのコピーミス。 「不運」とも言える ランダムなエラーです。 がん細胞の 発生 がんの発症は、特定の個人の生き方を断罪するものではなく、 遺伝・環境・偶然が絡み合った、複合的な生物学的現象です。

環境要因と生活習慣

喫煙、過度の飲酒、不均衡な食事、運動不足、特定のウイルス感染などは、DNAにエラーが生じるリスクを高めることが科学的に確立されています。これらは予防可能な要因として重要視されています。

遺伝的要因

親から受け継いだ特定の遺伝子変異が、がんを発症しやすい素因となることがあります。ただし、遺伝的要因が強く関与するがんは全体の5〜10%程度とされ、多くのがんは遺伝とは直接関係のないところで発生します(National Cancer Institute, 2023)。

偶然という要因

これらと並んで見過ごせないのが、「偶然(不運)」の役割です。私たちの身体では、生命を維持するために生涯を通じて膨大な回数の細胞分裂が繰り返されます。その過程で、明らかな外的要因がなくとも、確率的にDNAのコピーミスは避けられません。ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが科学雑誌『Science』で発表した論文は、がんの発生における遺伝子変異の多くが、この細胞分裂に伴うランダムなエラーに起因する可能性を示唆しました(Tomasetti and Vogelstein, 2015)。この「不運」が大きな役割を果たすという考え方は、がん研究に大きな影響を与えましたが、一方で環境要因の重要性を過小評価する可能性も指摘されるなど、その解釈については現在も専門家の間で活発な議論が続いています。

つまり、がんの発症は、個人の生き方を断罪するものではなく、遺伝的素因、環境、そして避けられない偶然が絡み合った、極めて生物学的な事象なのです。この理解は、がんに罹患した個人への不当なスティグマをなくし、社会全体で支え合うための重要な視点を与えてくれます。

がんとの対話で使われる「共通言語」を理解する

がんという複雑な課題に向き合う上で、正確な情報を理解し、医療チームと建設的な対話を行うことは極めて重要です。私の臨床経験においても、ご自身の状況を的確に言語化できる方ほど、治療のプロセスを主体的に、そして納得感を持って歩まれる傾向にあると感じています。これから、その対話の基盤となるいくつかの基本的な「共通言語」を解説します。これらは単なる専門用語ではなく、ご自身の状況を客観的に把握し、治療戦略を立てるための不可欠なツールです。

良性と悪性:腫瘍の「性格」を見極める

まず基本となるのが、「腫瘍」には良性と悪性の2つのタイプがあるという点です。両者はしばしば混同されますが、その生物学的な「性格」は全く異なります。

  • 良性腫瘍 (Benign Tumor): 良性腫瘍の細胞は、増殖はするものの、その場に留まり、周囲の組織との境界線が比較的明確です。他の場所に飛び火する(転移する)ことはありません。ただし、発生した場所によっては、周囲の臓器を圧迫することで症状を引き起こすことがあります。
  • 悪性腫瘍 (Malignant Tumor): 一般的に「がん」と呼ばれるのが、この悪性腫瘍です。悪性腫瘍は、周囲の組織に染み込むように広がり(浸潤)、血液やリンパの流れに乗って遠くの臓器に移動し、そこで新たな塊を作る(転移)能力を持っています。この「浸潤」と「転移」こそが、がんを生命にとって脅威たらしめる最大の特徴です。

この2つの違いを、より直感的に理解するために以下の表にまとめました。

特性良性腫瘍悪性腫瘍(がん)
増殖速度比較的緩やか一般的に速い
周囲との境界明瞭で、被膜を持つことが多い不明瞭で、染み込むように広がる
浸潤しないする
転移しないする可能性がある
全身への影響局所的な圧迫症状が主全身の消耗や機能不全を引き起こす

なお、良性腫瘍は転移はしませんが、発生部位によっては局所で強い圧迫や機能障害を起こすことがあります。また、境界病変や低悪性度腫瘍など、中間的な“ふるまい”を示すものも存在します。

浸潤と転移:がんが広がるメカニズム

悪性腫瘍の最も厄介な性質である「浸潤」と「転移」について、もう少し詳しく見ていきましょう。

  • 浸潤 (Invasion): これは、がんがその発生場所で「局所的に」縄張りを広げていくプロセスです。正常な組織の間に根を張るように深く侵入し、構造を破壊していきます。
  • 転移 (Metastasis): こちらは、がんが「遠隔地へ」と旅をするプロセスです。がん細胞の一部が原発巣から剥がれ落ち、血管やリンパ管に侵入します。そして、血流やリンパ流に乗って全身を巡り、他の臓器(例:肺、肝臓、骨、脳など)にたどり着き、そこで新たな腫瘍(転移巣)を形成します。この転移の有無が、治療の複雑さと方針を大きく左右します。

この2つのプロセスは、がんが局所的な問題から全身的な疾患へと変化する重要なステップであり、治療戦略を立てる上で極めて重要な情報となります。

病期(ステージ):がんの広がりを示す「地図」

しばしば混同されますが、ステージ(病期)はがんの「広がり」を示す指標である一方、グレードはがん細胞の「悪性度(顔つきや増殖の速さ)」を示す、別の指標です。治療方針や予後の見通しは、これら両者と、遺伝子情報などを総合的に判断して決まります。

「ステージ」という言葉は、がんの進行度合いを示す国際的な指標です。これは単に重症度を示す感情的なラベルではなく、がんが体内のどこまで広がっているかを客観的に記述するための「地図」と捉えるのが最も適切です。この地図を正確に作成するために、国際的に「TNM分類」という共通の評価尺度が用いられています。

病期 (ステージ):がんの広がりを示す「地図」 ステージ (病期) = 広がり 🗺️ グレード = 悪性度 (顔つき) 🔬 T (Tumor) 原発巣の大きさと広がり T1 (小) → T4 (大) N (Node) 所属リンパ節への転移 N0 (無) → N1-N3 (有) M (Metastasis) 他の臓器への遠隔転移 M0 (無) vs M1 (有) + + 3つの要素を総合的に評価 ステージ I (早期) → ステージ II → ステージ III → ステージ IV (進行期) 例:T1 N0 M0 → ステージI M1 (遠隔転移あり) → ステージIV ※TNM分類は固形がんで主に使われ、血液のがんや脳腫瘍などでは異なる分類が用いられます。
  • T (Tumor): 原発巣の大きさと広がり
    最初にがんが発生した場所(原発巣)での、腫瘍の大きさや、臓器の壁へどのくらい深く浸潤しているかを示します。一般的にT1(小さい)からT4(大きい、あるいは周囲の重要臓器へ広がっている)のように分類されます。
  • N (Node): 所属リンパ節への転移
    リンパ節は、身体の免疫システムの一部であり、フィルターのような役割を果たしています。がん細胞がリンパ管に侵入すると、近くのリンパ節に流れ着き、そこで増殖することがあります。N分類は、この所属リンパ節への転移の有無と、その範囲を示します。N0(転移なし)からN1〜N3(転移の範囲が広がる)のように分類されます。
  • M (Metastasis): 遠隔転移
    がんが原発巣から遠く離れた他の臓器へ転移しているかどうかを示します。これは最も重要な分類の一つで、M0(遠隔転移なし)とM1(遠隔転移あり)の2つに分けられます。

これらT・N・Mの3つの要素を総合的に評価し、最終的に「ステージ(病期)」が決定されます。一般的に、ステージⅠ(早期)からステージⅣ(進行期)へと進みます。

例えば、あるがんで「T1N0M0」と評価された場合、それは「腫瘍が小さく、リンパ節転移も遠隔転移もない」状態を意味し、多くはステージⅠに分類されます。一方で、TやNの評価に関わらず「M1」であれば、それは遠隔転移があることを示し、ステージⅣと診断されます。

このステージという「地図」を正確に把握することによって初めて、私たちは手術が最善か、放射線治療が適切か、あるいは全身に効果を及ぼす薬物療法が必要かといった、効果的な治療戦略を立てることが可能になるのです。

ただし、TNM分類はすべてのがん種で用いられるわけではありません。たとえば血液のがん(悪性リンパ腫や白血病など)ではAnn Arbor分類などが用いられ、脳腫瘍ではWHOグレード分類や遺伝子情報が治療方針の決定に重要となります。また、がんの部位ごとにT・N・Mの定義やステージの分類法は国際的な基準(UICC-TNM分類など)に基づき細かく定められており、専門家が最新の知見に則って総合的に判断します。

がん治療の現在地―多様化する戦略的アプローチ

がんの治療法は、日進月歩で進化しています。かつては「手術」「放射線治療」「化学療法」が三大治療とされていましたが、現在では分子生物学や免疫学の発展により、治療の選択肢は劇的に広がり、より個別化されたアプローチが可能になりました。ここでは、現代のがん治療で用いられる主要な「戦略」について、その基本的な考え方と役割を解説します。

がん治療のアプローチ 個別化医療へと進化する多様な戦略 局所療法 全身療法 外科治療 がん組織を物理的に切除する 放射線治療 高エネルギー線でがんを攻撃 化学療法 薬剤で全身のがん細胞を叩く ホルモン療法 特定のホルモンを標的とする 分子標的薬 がん細胞特有の分子を狙う 免疫療法 自己の免疫力を活用して戦う 集学的治療 これらを最適に組み合わせ、専門家チームと患者が対話する 「協働的意思決定」が現代の治療の核となります。

伝統的かつ強力な局所戦略:外科治療と放射線治療

これらは、がんが特定の場所に留まっている(限局している)場合に、その領域を直接的に攻撃する「局所療法」です。

外科治療(Surgery)
がん組織とその周囲の正常組織の一部を物理的に切除する方法です。いわば、敵の「本拠地」そのものを直接取り除く、最もシンプルで強力な戦略と言えます。早期のがんにおいては、外科治療のみで根治(完全に治癒すること)を目指せる場合も少なくありません。腹腔鏡手術やロボット支援手術といった低侵襲(身体への負担が少ない)技術の進歩により、患者さんの回復も早くなっています。

放射線治療(Radiation Therapy)
高エネルギーのX線や粒子線などを、がん組織に正確に照射し、がん細胞のDNAにダメージを与えて死滅させる治療法です。外科治療がメスで「切り取る」のに対し、放射線治療は目に見えない光線で「狙い撃ち」するイメージです。手術が困難な部位のがんや、手術後の再発予防、骨転移による痛みの緩和など、その適用範囲は非常に広く、重要な局所戦略の一つです。

全身をカバーする広域戦略:薬物療法

薬物療法は、薬剤が血流に乗って全身を巡ることで、原発巣だけでなく、画像検査では捉えきれない微小な転移巣にも効果を発揮する「全身療法」です。

化学療法(Chemotherapy)
一般に「抗がん剤」として知られる治療法で、細胞分裂が盛んであるという、がん細胞の特性を利用して攻撃します。分裂の早い細胞に強く作用するため、がん細胞だけでなく、正常な細胞の中でも分裂が活発な毛髪の細胞や消化管の粘膜、血液細胞などにも影響が及びやすいことが、副作用の主な原因です。ただし、副作用の種類や程度は、使用する薬剤や患者さんご自身の状態によって大きく異なります。

ホルモン療法(Hormonal Therapy)
特に乳がんや前立腺がんなど、特定のホルモンを“栄養源”として増殖するタイプのがんに対して中心的に用いられます。がん細胞の成長に必要なホルモンの働きを薬剤で遮断したり、ホルモンの産生そのものを抑制したりすることで、がんの増殖を抑える戦略です。

分子標的薬(Targeted Therapy)
がん細胞の増殖や生存に不可欠な、特定の分子(タンパク質や遺伝子)だけをピンポイントで狙い撃ちする薬剤です。例えるなら、敵の兵站(へいたん)ルートや通信システムだけを破壊する精密誘導ミサイルのようなものです。正常細胞への影響が化学療法より少ないため、副作用が比較的軽い傾向にありますが、効果を発揮するためには、標的となる分子ががん細胞に存在していることが条件となります。

免疫療法(Immunotherapy)
私たちの身体に本来備わっている免疫の力を利用して、がんと戦う治療法です。特に「免疫チェックポイント阻害薬」は、がん細胞が免疫システムにかけていたブレーキを解除し、免疫細胞が再びがん細胞を「敵」として認識し、攻撃できるようにするもので、がん治療における新しいパラダイムとして注目されています(Topalian, Drake and Pardoll, 2015)。ただし、この治療法はすべてのがんや患者さんに有効というわけではなく、その効果はがんの種類や特定のバイオマーカーの有無などに依存することが分かっています。

現代のがん治療の中心思想:集学的治療と協働的意思決定

現代のがん治療は、これらの多様な選択肢の中から一つだけを選ぶのではなく、個々の患者さんの状況に応じて最適に組み合わせる「集学的治療(Multidisciplinary Treatment)」が基本です。

例えば、手術前に化学療法を行って腫瘍を小さくする「術前化学療法」や、放射線治療の効果を高めるために化学療法を同時に行う「化学放射線療法」など、治療の順序や組み合わせは非常に多様です。これらは、外科医、放射線治療医、腫瘍内科医など、各分野の専門家がチームを組み、それぞれの知見を持ち寄って最適な戦略を練り上げる「総力戦」と言えます。

そして、そのチームの中心にいるのは、言うまでもなく患者さんご自身です。がんの種類、ステージ、遺伝子情報といった医学的な情報だけでなく、患者さん自身の価値観、ライフスタイル、仕事、そして人生で何を大切にしたいか、といった点を総合的に考慮し、医療チームと患者さんが十分な対話を重ねて治療方針を決定していく「協働的意思決定(Shared Decision Making)」が、ますます重要になっています。自らの健康のCEOとして、納得のいく選択をするためにも、これらの治療の選択肢を正しく理解しておくことが不可欠です。

まとめ:知ることは、希望への一歩

がんというテーマは、私たちに自らの有限性と向き合うことを迫ります。その事実は、時として重く、受け入れ難いものかもしれません。

しかし、その本質を科学の目で冷静に捉えることで、漠然とした恐怖は、対処可能な課題へと姿を変えます。今回の記事で概観した知識は、そのための第一歩です。

がんという複雑な疾患を理解することは、今まさに闘病されている方にとっては、自らの治療に主体的に参加するための力となり得ます。ご家族や友人を支える立場の方にとっては、より深い共感と的確なサポートの基盤となるでしょう。そして、すべての人にとっては、自らの健康を守るための予防行動へとつながり、社会全体でこの課題に取り組むための共通の土壌を育むことになります。

科学とデータは、私たちから感情を奪うものではなく、むしろ感情的な混乱から私たちを救い出し、冷静な判断の光を与えてくれる羅針盤です。

その羅針盤が指し示す先にあるのは、どのような状況にあっても自分らしさを失わず、尊厳をもって生きるという選択肢です。そして、かけがえのない日々を、愛する人とともに、一日でも長く、深く、豊かに生き抜くための、揺ぎない希望なのだと、私は信じています。

参考文献

  • Hanahan, D. and Weinberg, R.A. (2011). Hallmarks of Cancer: The Next Generation. Cell, 144(5), pp.646–674.
  • National Cancer Center Japan (2024). 最新がん統計. [Online] Available at: https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html (Accessed: 29 September 2025).
  • National Cancer Institute (2023). The Genetics of Cancer. [Online] Available at: https://www.cancer.gov/about-cancer/causes-prevention/genetics (Accessed: 29 September 2025).
  • Sender, R., Fuchs, S. and Milo, R. (2016). Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body. PLoS Biology, 14(8), e1002533.
  • Tomasetti, C. and Vogelstein, B. (2015). Variation in cancer risk among tissues can be explained by the number of stem cell divisions. Science, 347(6217), pp.78–81.
  • Topalian, S.L., Drake, C.G. and Pardoll, D.M. (2015). Immune checkpoint blockade: a new paradigm in cancer therapy. Nature Reviews Clinical Oncology, 12(8), pp.480-492.

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この記事を書いた人

医師・医学博士・AI研究者・連続起業家
元厚生労働省幹部・ハーバード大学理学修士・ケンブリッジ大学MBA・コロンビア大学行政修士(経済)
岡山大学医学部卒業後、内科・地域医療に従事。厚生労働省で複数室長(医療情報・救急災害・国際展開等)を歴任し、内閣官房・内閣府・文部科学省でも医療政策に携わる。
退官後は、日本大手IT企業や英国VCで新規事業開発・投資を担当し、複数の医療スタートアップを創業。現在は医療AI・デジタル医療機器の開発に取り組むとともに、東京都港区で内科クリニックを開業。
複数大学で教授として教育・研究活動に従事し、医療関係者向け医療AIラボ「Medical AI Nexus」、医療メディア「The Health Choice | 健康の選択」を主宰。
ケンブリッジ大学Associate・社会医学系指導医・専門医・The Royal Society of Medicine Fellow

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