【免責事項】
本記事は、医療者向けAIツール「OpenEvidence」に関する情報提供および学術的・実務的観点からの解説を目的としたものであり、特定の診断・治療・投薬行為を推奨または指示するものではありません。実際の診療における最終的な判断および責任は、必ず担当する医師・医療従事者自身に帰属します。
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「あの症例の最新のエビデンス、どこにあったっけ?」
「ガイドラインの推奨が変わったらしいが、原著論文を確認する時間がない」
日々の診療において、膨大な医学情報の海から「確かな答え」を見つけ出す作業は、医師にとって大きな負担です。そんな中、米国を中心に急速に普及し、同社発表によれば、すでに全米医師の40%以上の医療者が利用しているのが、医療特化型AI検索プラットフォーム「OpenEvidence」です。
本記事では、このツールが臨床現場で具体的にどう役立つのか、その仕組みから安全性、そして既存のUpToDate等との使い分けまでを網羅的に解説します。
【本記事の立ち位置と続編について】
本記事では、私たち医療従事者が最も知りたい「臨床的有用性」「機能の詳細」「安全な利用法」に焦点を当てています。
なお、OpenEvidenceの背後にある「巨大なビジネスモデル」、今後の「技術的ロードマップ」、そして「日米の規制・ガバナンスの枠組み」といった深掘りテーマについては、後日公開する別記事にて詳細に論じます。まずは、臨床医として知っておくべき「今の実力」を確認しましょう。
1. OpenEvidenceとは?:「ハルシネーション」を許さない設計
OpenEvidenceを一言で表現するなら、「エビデンス(科学的根拠)のない回答は生成しない、医療者専用のAI臨床意思決定支援プラットフォーム」です。
ChatGPTなどの汎用的な大規模言語モデル(LLM)は、インターネット上の膨大なデータを学習し、流暢な文章を作成する能力に長けています。しかし、その性質上、事実に基づかないもっともらしい嘘(ハルシネーション)を生成するリスクを内包しており、人命に関わる医療現場での単独利用には高いハードルがありました。OpenEvidenceは、このハルシネーションという根本的な課題を解決し、臨床現場で安全に利用できるよう、厳密な設計原則に基づいて開発されています。

信頼できる情報源のみを学習対象とする「クローズドな知識基盤」
OpenEvidenceの最大の強みは、インターネット全体の無作為な情報を学習するのではなく、査読済みの医学雑誌、公的機関の医療データ、専門学会のガイドラインのみに回答生成時に参照する情報源(コンテンツ)を限定している点にあります。これにより、「何に基づいているか分からない情報」が混入する余地を物理的に排除しています。特筆すべきは、主要な医学出版社や学会との正式なコンテンツ契約による、一次情報への直接的なアクセス権の確保です。
- NEJM Groupとの連携: 1990年以降に出版されたThe New England Journal of Medicine等の高品質な医学コンテンツが提供され、特定の疾患における歴史的変遷も含めた回答生成に活用されます (OpenEvidence, 2025a)。
- JAMA Networkとの連携: JAMA本誌や関連する専門誌の全文、さらにはマルチメディアデータへのアクセス権が付与され、幅広い診療科における最新知見が回答に反映されます (JAMA Network, 2025)。
- NCCN(全米総合がんネットワーク)ガイドラインの統合: 最新のがん標準治療ガイドラインがシステムに統合されており、自然言語検索によって複雑ながん診療の推奨根拠へ瞬時にアクセスできます (National Comprehensive Cancer Network, 2025)。
- その他の公的・学術情報源: 300以上の査読付き医学雑誌に加え、米国食品医薬品局(FDA)や米国疾病予防管理センター(CDC)といった信頼性の高い公的機関の情報も検索ソースとして組み込まれています (OpenEvidence, 2024)。
透明性を担保する「引用リンク付与」
これらの厳選されたソースに基づき、OpenEvidenceが生成する回答の文節には、根拠となる文献やガイドラインへの「引用リンク」が明記され、出典を辿れる設計となっています。これは「なぜその回答になるのか(根拠の提示)」という、臨床医が最も必要とする透明性を担保する機能です。
例えば、「複数の併存疾患を持つ高齢患者に対する特定の分子標的薬の適応」について検索した際、AIは単に推奨を生成するだけでなく、その結論を導き出した原著論文の対象集団(PICO)やガイドラインの該当ページへのリンクを即座に提示します。医師はリンクをクリックすることで即座に一次情報へ飛び、自らの目でエビデンスの妥当性や目の前の患者への適用可能性(批判的吟味)を確認することができます。これにより、AIを「答えを出すブラックボックス」としてではなく、「医師の意思決定を安全かつ高速に支援する強力な検索・要約アシスタント」として活用することが可能になります。
2. 臨床的インパクト:全米医師の40%が利用する理由と具体的な導入効果
現在、OpenEvidenceは米国の医療従事者(NPI:National Provider Identifier保持者)を中心に爆発的な普及を見せています。開発元のOpenEvidence社が2025年7月に発表した最新のプレスリリースによると、同プラットフォームはすでに米国の全医師の40%以上に日常的に利用されており、導入施設は全米で10,000以上の病院および医療センターへと急拡大しています (OpenEvidence, 2025)。また、同プラットフォーム上で処理される月間の臨床相談(コンサルテーション)件数も激増しており、米国の医療現場において不可欠なインフラになりつつあります。
なぜ、これほどまでに急速かつ広範に臨床現場に浸透しているのでしょうか。その背景には、医療者が直面する「時間的制約の解消」と「意思決定の確実性向上」という2つの明確な臨床的メリットがあります。

(1) 即時性による「Point-of-Care」での疑問解決
多忙な外来診療や病棟回診において、医師が一つの臨床疑問に対してPubMed等で原著論文を検索し、批判的吟味を行うための数分〜数十分の時間を確保することは極めて困難です。OpenEvidenceは、自然言語での臨床疑問(Clinical Question)に対して、関連する複数の一次文献や最新ガイドラインを瞬時に解析し、数秒から十数秒程度で(環境により変動)にエビデンスと引用リンクに基づく回答を生成するように設計されています (OpenEvidence, 2024)。
これにより、従来であれば「後で調べよう」と先送りされ、結果としてそのまま放置されがちであった臨床疑問(Unanswered Clinical Questions)を、患者の目の前(Point-of-Care)で即座に解決することが可能となります。
(2) 診療方針の「補強(Reinforce)」と「確認」ツールとしての価値
医療AIが医師の診断を根本から覆す(Change)というシナリオがしばしば想像されますが、実際の臨床現場における利用実態は異なります。プライマリケア医を対象にした研究では、AIの回答は診療方針を大きく変更するというより、既存方針の確認や補強として使われる場面が多いことが報告されています。(Hurt et al., 2025)。
以下の表は、臨床現場におけるAIツールの利用目的の比重を概念的に整理したものです。
| 利用目的の分類 | 臨床現場における役割と具体例 | 頻度・重要度 |
|---|---|---|
| 補強・確認 (Reinforce) | 「自分の記憶は正しいか?」「最近のガイドライン改訂でマイナーな変更はないか?」といったダブルチェック。既存の治療計画の自信度向上。 | 高 |
| 新規知識の獲得 (Learn) | 稀少疾患の最新の治療選択肢や、専門外の周辺領域における標準的な初期対応の検索。 | 中 |
| 方針の変更 (Change) | AIの提示した最新エビデンスや重大な薬物相互作用の警告により、当初の診断や処方計画を修正する。 | 低〜中 |
このように、OpenEvidenceは「医師に代わって診断を下すAI」としてではなく、「医師の記憶や判断の最新性を瞬時にダブルチェックし、安全性を担保する高度な検索アシスタント」として機能しています。この実用性の高さが、多忙な臨床医の圧倒的な支持を集め、全米の医師の4割が利用するという歴史的な普及スピードに繋がっていると言えます。
3. 日本の医療者向け:アカウント作成手順と診療現場での使い方
OpenEvidenceは元来、米国の医療従事者を対象として設計されたプラットフォームですが、日本の医師であっても適切な手続きを踏むことで、この強力な機能を日常診療に取り入れることが可能です。ここでは、日本の医師免許証を用いたアカウント作成の具体的な実態と、日本の医療環境下における利用の注意点を解説します。

日本の医師免許証を用いたアカウント認証(Verification)手順
OpenEvidenceのすべての機能を無料で利用するためには、医療従事者としての資格認証(Verification)が必須となります。米国の医師はNPI(National Provider Identifier:全米医療提供者識別子)を入力することで即座に認証されますが、日本の医師向けには以下の代替手段が存在するようです。
- 日本の医師免許証による画像審査:
日本の医療従事者であっても、米国のNPIを持たないユーザー向けの審査ルートを通じて、日本の「医師免許証」の画像をアップロードすることで審査を申請し、利用することができました。
(2026年2月時点)筆者環境では医師免許証画像の提出で審査申請できました。運用は変更され得るため、最新要件は公式表示を確認してください。

- 未認証・一般ユーザーに対する厳しい利用制限:
OpenEvidenceは、公式に「医療従事者向け(verified healthcare professionals)」の臨床意思決定支援ツールとして設計されており、フル機能の利用は医療資格の認証完了ユーザーを前提としています。
医師免許証のアップロードなどによるVerificationが完了していない未認証アカウントや、一般ユーザー(患者など)に対しては、医療安全およびシステム負荷管理の観点から、検索回数や利用機能に厳しい制限が課されます。
実際の運用上も、未認証ユーザーでは検索回数の上限が極めて低く設定される、一定回数以上で利用制限が発動するなど、実臨床での活用には耐えない制約がかかるケースが確認されています。
診療現場での基本的な使い方(4つのステップ)と日本特有の注意点
認証済みアカウントを作成した後は、以下のようなワークフローで日常診療にAI検索を組み込みます。
Step 1: 臨床疑問(Clinical Question)の入力
検索窓に、自然言語で患者の状況や疑問を入力します。質の高い回答を得るためには、「PICO(Patient:患者、Intervention:介入、Comparison:比較、Outcome:結果)」を意識した具体的なプロンプトを入力することが重要です。日本語でも入力可能で、日本語で入力した場合は、回答も日本語になります。
- 推奨される入力例:「2型糖尿病で心不全既往あり。SGLT2阻害薬はeGFR 20台でも心不全入院を減らすか?主要RCTとガイドライン推奨は?」
- ※必須のコンプライアンス(個人情報保護):日本の個人情報保護法および医療情報システムの安全管理ガイドラインの観点から、患者の氏名やカルテIDといった個人情報(PHI:Protected Health Information)は絶対に入力してはいけません。医学的条件のみに留めてください。

私の環境(Mac・Chrome)では、ウィンドウに日本語のプロンプトを入力しているときに、漢字変換の確定でEnterキーを押すと、プロンプトが送信されてしまい、入力が面倒(他でプロンプトを入力しコピペするなど)でした。iPhoneのアプリではそのようなことはありませんでした。
Step 2: AIによる文献の解析と回答の生成
プロンプト送信後、通常数秒から十数秒程度で(環境により変動)、AIが信頼できる医学文献やガイドラインのみを並列で読み込み、引用リンクの付与された要約回答を生成します。
「2型糖尿病で心不全既往あり。SGLT2阻害薬はeGFR 20台でも心不全入院を減らすか?主要RCTとガイドライン推奨は?」を入力すると、筆者の環境では以下のような回答でした。
SGLT2阻害薬の心不全入院抑制効果のエビデンス
主要なランダム化比較試験(DAPA-HF, EMPEROR-Reduced, SOLOIST-WHFなど)では、SGLT2阻害薬は心不全既往のある2型糖尿病患者において心不全による入院を約25-30%減少させることが示されている。この効果は心不全の有無や糖尿病の有無にかかわらず認められており、心不全患者全体に対して有効である。心不全入院抑制効果は治療開始後早期から認められ、絶対的な恩恵は重症例やeGFR低値例で大きい。[1][2][3][4][5][6][7][8]
eGFR 20台での効果と安全性
メタ解析やRCTではeGFR<30でも心不全入院抑制効果が維持されている(HR 0.68, 95%CI 0.48-0.96)。DAPA-HFはeGFR 30以上、EMPEROR-ReducedはeGFR 20以上で組み入れられており、両試験とも低eGFR群で効果が一貫して認められた。特に心不全アウトカムに関しては、eGFRが20台でもSGLT2阻害薬の有効性が示されている。 [8][9][2][5]
ただし、eGFR<20の患者は主要試験で除外されており、eGFR 20台前半のエビデンスは限定的である。また、腎保護効果についてはeGFRが高いほど大きいが、心不全入院抑制効果はむしろeGFRが低いほど大きい傾向がある。[2][8][9]
ガイドラインの推奨
American Diabetes Association(ADA 2026)、American College of Cardiology/American Heart Association/Heart Failure Society of America(AHA/ACC/HFSA 2022)、欧州心臓病学会(ESC)ガイドラインは、eGFR 20-30以上で心不全既往のある2型糖尿病患者にSGLT2阻害薬を推奨(Class 1)としている。 [1][2][3][9]
一方、eGFR 20-45かつUACR<200mg/gの場合は推奨度がClass 2Bとなる場合もあり、これは根拠の限定性によるもの。[9]
SGLT2阻害薬は長期継続が推奨されるが、euglycemic ketoacidosisや感染症リスクに注意が必要であり、特に腎機能低下例では脱水や電解質異常にも留意する必要がある。[1][2][6]
米国では、ダパグリフロジン(Farxiga)はFDAにより心不全およびCKD患者への適応が承認されている。[10]
不足している情報
eGFR 20未満や透析患者での心不全入院抑制効果のRCTデータは現時点で存在しない。したがって、eGFR 20未満の症例や透析患者へのSGLT2阻害薬投与は、現状では推奨されていない。[2][8][10]
用量について
主要試験およびガイドラインでは、ダパグリフロジン10mg/日、エンパグリフロジン10mg/日が標準用量として用いられている。eGFR 20台でもこの用量で投与されているが、腎機能低下例では副作用リスクに十分注意し、定期的なモニタリングが必要である。[1][2][10]
まとめ
SGLT2阻害薬はeGFRが20台でも心不全による入院を減らす効果があるが、eGFR 20未満や透析患者ではエビデンスが不足している。主要なガイドラインはeGFR 20-30以上で心不全既往のある2型糖尿病患者にSGLT2阻害薬を強く推奨している。
eGFR 20台前半の患者に対するSGLT2阻害薬の安全性や副作用発現率について、主要RCTやリアルワールドデータでどのような報告があるかをさらに詳しく調べてみませんか?
References
- 10. Cardiovascular Disease and Risk Management: Standards of Care in Diabetes-2026. American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes*. Diabetes Care. 2026;49(Supplement_1):S216-S245. doi:10.2337/dc26-S010.
- 2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines. Heidenreich PA, Bozkurt B, Aguilar D, et al. Journal of the American College of Cardiology. 2022;79(17):e263-e421. doi:10.1016/j.jacc.2021.12.012.
- Chapter 3: Clinical Trials of Sodium-Glucose Co-Transporter-2 Inhibitors for Treatment of Heart Failure. Greene SJ, Butler J, Kosiborod MN. The American Journal of Medicine. 2024;137(2S):S25-S34. doi:10.1016/j.amjmed.2023.04.019.
- SGLT2 Inhibitors and GLP-1 Receptor Agonists: Established and Emerging Indications. Brown E, Heerspink HJL, Cuthbertson DJ, Wilding JPH. Lancet (London, England). 2021;398(10296):262-276. doi:10.1016/S0140-6736(21)00536-5.
- Improving Heart Failure Outcomes With Sodium-Glucose Cotransporter 2 Inhibitors in Different Patient Groups. Jhund PS. Diabetes, Obesity & Metabolism. 2023;25 Suppl 3:26-32. doi:10.1111/dom.15171.
- Sodium-Glucose Cotransporter-2 Inhibitors in Patients With Heart Failure : A Systematic Review and Meta-Analysis. Zou X, Shi Q, Vandvik PO, et al. Annals of Internal Medicine. 2022;175(6):851-861. doi:10.7326/M21-4284.
- Impact of Diabetes on the Effects of Sodium Glucose Co-Transporter-2 Inhibitors on Kidney Outcomes: Collaborative Meta-Analysis of Large Placebo-Controlled Trials. Nuffield Department of Population Health Renal Studies Group, SGLT2 inhibitor Meta-Analysis Cardio-Renal Trialists’ Consortium. Lancet (London, England). 2022;400(10365):1788-1801. doi:10.1016/S0140-6736(22)02074-8.
- Impact of Baseline Kidney Function on the Effects of Sodium-Glucose Co-Transporter-2 Inhibitors on Kidney and Heart Failure Outcomes: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Maddaloni E, Cavallari I, La Porta Y, et al. Diabetes, Obesity & Metabolism. 2023;25(5):1341-1350. doi:10.1111/dom.14986.
- Effects of Sodium Glucose Cotransporter 2 Inhibitors by Diabetes Status and Level of Albuminuria. Staplin N, Roddick AJ, Neuen BL, et al. JAMA. 2026;335(3):220-232. doi:10.1001/jama.2025.20835.
- FDA Orange Book. FDA Orange Book.
Step 3: 引用元の確認と「日本の保険診療・ガイドライン」との照合(Critical Appraisal)
生成された回答の文末には、根拠となった一次文献への「引用リンク」が付与されています。リンク先の原著論文を自身の目で確認することに加え、日本人医師にとって極めて重要なのが「国内外のガイドラインの差異と保険適用の確認」です。
OpenEvidenceが参照する知識基盤の中心には、FDAの承認情報やNCCNをはじめとする欧米の診療ガイドラインが位置づけられています。そのため、医療制度や診療慣行が異なる日本の臨床現場においては、AIが提示する「最新の標準治療」が、日本では保険収載されていない、あるいは国内学会のガイドライン上で推奨度が高くないといった乖離が生じることが少なくありません。日本の臨床医は、提示されたエビデンスを鵜呑みにするのではなく、日本の保険診療の枠組みや国内ガイドラインとの整合性を踏まえたうえで、批判的に評価し、適切に読み替える姿勢が求められます。
4. UpToDateとの使い分け:「動的検索エンジン」vs「電子教科書」
世界の臨床現場で事実上のゴールドスタンダード(標準的情報源)として利用されている「UpToDate」や「DynaMed」といった従来の臨床意思決定支援システム(CDSS)と、生成AIベースの「OpenEvidence」は、決して競合・代替するものではなく、相互補完的な関係にあります。両者の構造的な違いを理解し、臨床推論のプロセスに応じて適切に使い分けることが、安全かつ効率的な診療の鍵となります。

情報源としての根本的な設計の違い
以下の表は、両者の情報の性質や強みを比較したものです。
| 比較項目 | UpToDate / DynaMed (従来型CDSS) | OpenEvidence (AI検索プラットフォーム) |
|---|---|---|
| 情報の性質 | 「専門家によって編集された二次情報」 各分野の専門医による厳格な査読・編集プロセスを経た「定説・推奨」。GRADEシステム等を用いてエビデンスの確実性と推奨の強さが明示される (Wolters Kluwer, 2024; EBSCO Health, 2024)。 | 「一次情報のリアルタイム検索・要約」 ユーザーの質問に対し、AIが数千の論文やガイドラインから動的に関連情報を抽出し回答を生成。最新情報への到達が圧倒的に早い (OpenEvidence, 2024)。 |
| 最大の強み | 情報の信頼性・客観性が高度に担保されており、標準治療の確認に最適。疾患の全体像を体系的に学ぶ「教育的価値」が極めて高い。 | 圧倒的な検索速度。教科書や既存CDSSのアルゴリズムには当てはまらない「ニッチな患者背景(PICO)」の疑問や、最新の論文も拾い上げる。 |
| 臨床利用の注意点 | 専門家の査読と執筆を経る構造上、最新の臨床試験結果が反映されるまでに数週間から数ヶ月のタイムラグが生じる場合がある。 | AIによる情報の切り取りや文脈の解釈ミス(ハルシネーション)の可能性がゼロではないため、回答に付与された引用リンク先の確認(批判的吟味)が必須 (Lee et al., 2023)。 |
推奨される具体的な使い分けのシナリオ
日々の診療において、医療者は直面する課題の解像度に合わせてツールを選択する必要があります。
- UpToDate・DynaMedの最適な利用シーン(疾患の全体像と標準推奨):
「この疾患の標準的な診断基準や初期対応のアルゴリズムはどうなっていたか?」「専門外の疾患について、網羅的に知識をアップデートしたい」といった、確立された標準的アプローチを確認・学習する場合に適しています。Wolters Kluwer社が公開する編集ポリシーが示すように、これらのツールは体系的な知識の提供に最適化されています (Wolters Kluwer, 2024)。 - OpenEvidenceの最適な利用シーン(個別具体化されたPICOの解決):
「重度の腎機能障害と過去に特定の副作用歴を持つ高齢患者に対し、A薬とB薬のどちらに関する最新の有効性データが多いか?」「昨日発表されたばかりの〇〇学会の最新ガイドラインで、この薬剤の推奨度は変更されたか?」といった、患者個別の複雑な背景(PICO)を伴う特定の臨床疑問や、極めて最新のピンポイントな情報を瞬時に探したい場合に強力な威力を発揮します。
結論として、初学者の学習や全体像の把握には「教科書」であるUpToDateを使い、多忙な実臨床の現場で個別具体的な「点」の疑問を瞬時に解決するためには「検索エンジン」であるOpenEvidenceを活用する、というハイブリッドな運用が今後のスタンダードになると考えられます。
5. 安全な運用のための注意点:AI時代の「医師の責任」とガバナンス
OpenEvidenceは臨床推論を加速させる強力な武器ですが、最終的な診断や治療方針の決定権はAIではなく医師にあります。単なる「便利な検索ツール」としてではなく、医療安全やコンプライアンスを担保した「支援ツール」として安全に運用するために、以下の3つの重要事項を深く理解し、遵守する必要があります。

(1) 引用元の確認と批判的吟味(Critical Appraisal)の徹底
AIが生成した回答を、引用元を確認せずに鵜呑みにすることは極めて危険です。OpenEvidenceは情報源を限定することでハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを大幅に低減していますが、文脈の誤解釈や、相反するエビデンスの重み付けの誤りが生じる可能性はゼロではありません。Leeら(2023)が『The New England Journal of Medicine』誌で指摘しているように、高度なLLMを用いたAIチャットボットであっても医学的な不正確さが混入するリスクがあり、最終的な事実確認と患者への適用判断は医師が行うべきであると警告されています (Lee et al., 2023)。
提示された引用リンクが、「国際的な学会の最新ガイドライン」なのか、「エビデンスレベルの高いランダム化比較試験(RCT)」なのか、あるいは「小規模な後方視的観察研究」や未査読の「プレプリント」なのかを確認し、批判的吟味(Critical Appraisal)を行う責任は、常に利用する医療者に帰属します。
(2) 個人情報の保護とコンプライアンス(HIPAAと日本の法規制)
患者情報の取り扱いには細心の注意が必要です。開発元が公開している情報によれば、OpenEvidenceのシステムは米国の医療保険の携行性と責任に関する法律(HIPAA)に準拠した強固なセキュリティ環境下で運用されています (OpenEvidence, 2024b)。しかし、これが直ちに日本の「個人情報保護法」や関連する医療情報システムの安全管理ガイドラインに完全に適合することを意味するわけではありません。
安全な運用のための絶対原則:
システムの利用にあたっては、患者を特定しうる個人情報(Protected Health Information: PHI)である「氏名」「カルテID」「生年月日」「詳細な住所」などを入力プロンプトに含めることは絶対に避けてください。「75歳、男性、重度の腎機能障害(eGFR 25)、心不全合併」といった、個人を特定できない純粋な「医学的条件(臨床パラメータ)」のみを入力して検索する運用ルールを、個人および施設内で徹底する必要があります。
(3) 利用環境の制限(NPIの壁と日本からのアクセス)
OpenEvidenceの提供モデルにおける最大の障壁が、認証システムです。現在、OpenEvidenceのフル機能(無制限の検索機能やDeepConsultなど)に無料でアクセスするためには、原則として米国の医療従事者識別番号であるNPI(National Provider Identifier)等を用いた身元確認が求められます (OpenEvidence, 2024a)。
現時点において、日本の医師免許番号等を用いたシームレスな公式認証ルートや、日本の医療機関向けのローカライズされたエンタープライズ契約の枠組みは完全には整備されていません。そのため、日本国内からのアクセスや利用においては、機能制限がかかる場合や、将来的に利用規約・課金体系が変更される可能性があります。自身の環境において、法令を遵守した上でどこまで利用可能かを、施設のセキュリティ担当部門等と連携して事前に確認しておくことが推奨されます。
6. 結論:AI時代の医師に新たに求められる「高度なEBM実践スキル」と「人間性」
日々の診療において爆発的に増加し続ける医学文献やガイドラインの更新に、人間の力だけで追いつくことはもはや不可能です。1950年には50年と言われていた医学知識の倍増期間は、2020年にはわずか73日にまで短縮されたと推計されています (Densen, 2011)。OpenEvidenceの登場は、私たちがこの「情報の洪水」に対抗し、最新の医学的知見を瞬時に引き出すための極めて強力な手段(武器)を得たことを意味します。
しかし、それは決して「AIが答えを出してくれるから、医師は考えなくてよくなる」ということを意味するものではありません。米国医師会(AMA)は、医療におけるAIを「人工知能(Artificial Intelligence)」ではなく、医師の能力を拡張する「拡張知能(Augmented Intelligence)」と定義し、最終的な意思決定と患者への責任は常に人間の医師にあると強調しています (American Medical Association, 2023)。

AIが導き出した答えを「批判的に吟味」する力
OpenEvidenceが数秒で抽出した最新の論文や推奨事項であっても、それが「目の前の患者」にそのまま適用できるとは限りません。AIが提示した一次文献のリンクへ飛び、以下の視点で情報を評価する能力がこれまで以上に求められます。
- 対象集団(Patient)の妥当性: 引用された研究の対象患者群と、目の前にいる患者(年齢、人種、併存疾患、社会的背景)は合致しているか?
- 日本の医療制度との整合性: 米国主導のデータに基づく推奨が、日本の保険診療制度や国内ガイドラインにおいても承認・推奨されているか?
- エビデンスの質(Quality of Evidence): AIが提示した文献は、信頼に足るランダム化比較試験(RCT)か、それともバイアスのリスクが残る観察研究やプレプリントか?
すなわち、AIが情報収集の時間を限りなくゼロに近づけてくれる分、医師はその浮いた時間を「批判的吟味(Critical Appraisal)」と「患者の価値観に寄り添ったShared Decision Making(共同意思決定)」という、人間にしかできない高度なEBM(Evidence-Based Medicine)の実践に注ぐ必要があります (Meskó and Topol, 2023)。AIを使いこなすための「医学的・科学的リテラシー」こそが、これからの医師にとって最も重要なスキルとなるでしょう。
次回の予告:医療AIのビジネスモデルと規制の未来
本記事では、OpenEvidenceの臨床的有用性と安全な利用法に焦点を当てました。次回は視点を変え、巨額の資金調達を経てこのプラットフォームが描く「医療AIビジネスの全貌」や、日本を含めた「将来的な法規制・ガバナンスのあり方」について、さらに深掘りしてお届けします。AIが医療インフラとなる日を見据え、私たちはどのような備えをしておくべきか、多角的に考察します。
参考文献
- American Medical Association (2023) Augmented Intelligence in Medicine. AMA Official Website.
- Densen, P. (2011) ‘Challenges and opportunities facing medical education’, Transactions of the American Clinical and Climatological Association, 122, pp. 48–58.
- EBSCO Health (2024) DynaMed Editorial Process.
- Hurt, R.T. et al. (2025) ‘The use of an artificial intelligence platform (OpenEvidence) to augment clinical decision-making for primary care physicians’.
- IatroX (2025) ‘Free AI Apps for Doctors UK 2025: OpenEvidence Review’.
- JAMA Network (2025) ‘JAMA Network and OpenEvidence announce strategic collaboration’.
- Lee, P., Bubeck, S. and Petro, J. (2023) ‘Benefits, limits, and risks of GPT-4 as an AI chatbot for medicine’, The New England Journal of Medicine, 388(13), pp. 1233–1239.
- Levy Library Guides (2024) ‘OpenEvidence as learning tool’, AI in Teaching and Learning Blog.
- Meskó, B. and Topol, E.J. (2023) ‘The imperative for regulatory oversight of large language models (or generative AI) in healthcare’, npj Digital Medicine, 6(1), p. 120.
- National Comprehensive Cancer Network (2025) ‘NCCN collaborates with OpenEvidence to integrate guidelines’.
- OpenEvidence (2024) OpenEvidence for Healthcare Professionals: App Store Description.
- OpenEvidence (2024) OpenEvidence Trust Center.
- OpenEvidence (2025) ‘Strategic partnership with NEJM Group’.
- Su, Y. et al. (2024) ‘Evaluation of AI-driven clinical decision support in primary care’ (preprint).
- UpToDate (2024) UpToDate Editorial Policy and Grading Guide. Wolters Kluwer.
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第3条(医療行為における責任)
- 本サイトで紹介するAI技術・手法は、あくまで研究段階の技術的解説であり、実際の臨床現場での診断・治療を代替、補助、または推奨するものでは一切ありません。
- 医行為等に関する最終的な判断、決定、およびそれに伴う一切の責任は、必ず法律上その資格を認められた医療専門家(医師、歯科医師等)が負うものとします。AIによる出力を、資格を有する専門家による独立した検証および判断を経ずに利用することを固く禁じます。
- 本サイトの情報に基づくいかなる行為によって利用者または第三者に損害が生じた場合も、本サイト運営者は一切の責任を負いません。実際の臨床判断に際しては、必ず担当の医療専門家にご相談ください。本サイトの利用によって、利用者と本サイト運営者の間に、医師と患者の関係、またはその他いかなる専門的な関係も成立するものではありません。
第4条(情報の正確性・完全性・有用性)
- 本サイトは、掲載する情報(数値、事例、ソースコード、ライブラリのバージョン等)の正確性、完全性、網羅性、有用性、特定目的への適合性、その他一切の事項について、何ら保証するものではありません。
- 掲載情報は執筆時点のものであり、予告なく変更または削除されることがあります。また、技術の進展、ライブラリの更新等により、情報は古くなる可能性があります。利用者は、必ず自身で公式ドキュメント等の最新情報を確認し、自らの責任で情報を利用するものとします。
第5条(AI生成コンテンツに関する注意事項)
本サイトのコンテンツには、AIによる提案を基に作成された部分が含まれる場合がありますが、公開にあたっては人間による監修・編集を経ています。利用者が生成AI等を用いる際は、ハルシネーション(事実に基づかない情報の生成)やバイアスのリスクが内在することを十分に理解し、その出力を鵜呑みにすることなく、必ず専門家による検証を行うものとします。
第6条(知的財産権)
- 本サイトを構成するすべてのコンテンツに関する著作権、商標権、その他一切の知的財産権は、本サイト運営者または正当な権利を有する第三者に帰属します。
- 本サイトのコンテンツを引用、転載、複製、改変、その他の二次利用を行う場合は、著作権法その他関連法規を遵守し、必ず出典を明記するとともに、権利者の許諾を得るなど、適切な手続きを自らの責任で行うものとします。
第7条(プライバシー・倫理)
本サイトで紹介または言及されるデータセット等を利用する場合、利用者は当該データセットに付随するライセンス条件および研究倫理指針を厳格に遵守し、個人情報の匿名化や同意取得の確認など、適用される法規制に基づき必要とされるすべての措置を、自らの責任において講じるものとします。
第8条(利用環境)
本サイトで紹介するソースコードやライブラリは、執筆時点で特定のバージョンおよび実行環境(OS、ハードウェア、依存パッケージ等)を前提としています。利用者の環境における動作を保証するものではなく、互換性の問題等に起因するいかなる不利益・損害についても、本サイト運営者は責任を負いません。
第9条(免責事項)
- 本サイト運営者は、利用者が本サイトを利用したこと、または利用できなかったことによって生じる一切の損害(直接損害、間接損害、付随的損害、特別損害、懲罰的損害、逸失利益、データの消失、プログラムの毀損等を含みますが、これらに限定されません)について、その原因の如何を問わず、一切の法的責任を負わないものとします。
- 本サイトの利用は、学習および研究目的に限定されるものとし、それ以外の目的での利用はご遠慮ください。
- 本サイトの利用に関連して、利用者と第三者との間で紛争が生じた場合、利用者は自らの費用と責任においてこれを解決するものとし、本サイト運営者に一切の迷惑または損害を与えないものとします。
- 本サイト運営者は、いつでも予告なく本サイトの運営を中断、中止、または内容を変更できるものとし、これによって利用者に生じたいかなる損害についても責任を負いません。
第10条(規約の変更)
本サイト運営者は、必要と判断した場合、利用者の承諾を得ることなく、いつでも本規約を変更することができます。変更後の規約は、本サイト上に掲載された時点で効力を生じるものとし、利用者は変更後の規約に拘束されるものとします。
第11条(準拠法および合意管轄)
本規約の解釈にあたっては、日本法を準拠法とします。本サイトの利用および本規約に関連して生じる一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。
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