静かなる革命:AIモデル「Mamba」が変えるハードウェアと医療の未来
今、生成AIの世界で「静かなる革命」が起きています。
それは、現在のAIブームを牽引する絶対王者への挑戦状です。
皆さんは、「ChatGPT」の「T」が何を意味するかご存知でしょうか?
実はこれ、「Transformer(トランスフォーマー)」というAIモデル(技術的な仕組み)の頭文字なのです。2017年に登場して以来、このTransformerがあまりに優秀だったため、現在、商業的に成功している生成AIのほとんどはこの技術をベースに作られています。
しかし今、その「Transformer一強」の時代に風穴を開けようとする新たな挑戦者たちが現れました。その筆頭が「Mamba(マンバ)」です。他にもRWKVなど、いくつか有力な候補が存在します。
「新しいAIのソフトが出ただけでしょ?」と思われるかもしれません。しかし、この交代劇は単なるソフトウェアの話にとどまらず、「AIを動かすハードウェア(半導体)」の勢力図さえも塗り替える可能性を秘めているのです。

ソフトウェアとハードウェアの「共存関係」
現在のAI業界は、NVIDIAのGPU(画像処理半導体)なしには語れません。なぜなら、現在の主流であるTransformerモデルが、NVIDIAのGPUが得意とする「並列処理(大量の計算を同時にこなすこと)」に極めて最適化されているからです。
つまり、「Transformerを動かすならNVIDIAが一番」という状況が、現在のNVIDIAの圧倒的なシェアを支えています。
しかし、Mambaのような新しいアーキテクチャは、その計算の仕組みが根本的に異なります。従来のTransformerほどGPUの大規模な並列計算に依存しない特性を持つため、理論上は「GPU以外のチップ」でも効率的に動作する可能性があります。
これにより、「NVIDIA一強」だった市場に、他の選択肢が入る余地が生まれます。GoogleのTPU はもちろん、AMDやIntelといった半導体大手、さらにはGroqやCerebrasといった新興のAIチップメーカーなどが、このパラダイムシフトを機に巻き返しを図るシナリオも現実味を帯びてくるのです。
医療AIへのインパクト:長文解析とコストダウン
この「次世代モデル」への移行は、私たち医療従事者にとっても他人事ではありません。Mamba等が持つ特性は、医療現場における以下の課題解決に直結するからです。
- 長文解析(Long Context): 患者の生涯にわたる電子カルテ(EHR)や、長大な遺伝子配列情報など、従来のTransformerでは計算量 \( O(N^2) \) の制約によりメモリ不足で扱うのが困難だったデータを、線形計算量 \( O(N) \) で効率よく処理できる可能性があります。
- 省電力・オンプレミス運用: 計算効率が良いため、巨大なクラウドサーバーではなく、院内のサーバーやエッジデバイス(PCや医療機器)でAIを動かせる可能性が高まります。これはセキュリティやコストの面で大きなメリットとなります。
NVIDIAのGPU一強時代は続くのか? それとも群雄割拠の時代が来るのか?
今回は、数式やコードを一切使わず、この「AIモデルとハードウェアの密接な関係」を、医療現場の視点も交えながら解き明かしていきます。
1. 「富豪的」なTransformerと、NVIDIAの蜜月関係
まず、なぜ現在NVIDIAのGPU(H100など)がこれほどまでに重宝されているのか、その理由をお話ししましょう。それは、現在のAIの主流であるTransformerと「相性が良すぎる」からです。

並列処理という「人海戦術」
Transformerの最大の特徴は、文章を頭から順に読むのではなく、「全体を一度にドカッと見て処理する(並列処理)」点にあります (Vaswani et al. 2017)。
- イメージ: 100人の聖歌隊が一斉に「せーの」で歌い出すようなものです。
- NVIDIA GPU: この「一斉に計算する」作業(行列演算)が猛烈に得意なハードウェアです。
NVIDIAはこの10年間、この「行列演算」を極めることに特化してGPUを進化させてきました。つまり、Transformerという「ソフトウェア」と、NVIDIA GPUという「ハードウェア」は、互いに最適化し合いながら進化してきた「共存関係」にあると言えます (Hooker 2021)。
しかし、この「富豪的」なやり方には限界が見えてきました。標準的なSelf-Attentionを用いたTransformerの場合、文章が長くなればなるほど、必要なメモリ(作業机の広さ)が二乗で増えてしまうのです (Tay et al. 2022)。これが「長大なデータを処理するAIを動かすのに何千万円ものサーバーが必要」になる主な理由の一つです。
2. Mambaの衝撃:GPUの「苦手」を克服した革命児
そこで登場したのがMambaです。Mambaは、Transformerとは全く異なるアプローチを取ります。

「逐次処理」なのに速い?
Mambaは、文章を前から順に読み込み、情報を圧縮しながら進む「リカレント(回帰)」と呼ばれる仕組みをベースにしています (Gu & Dao 2023)。

- イメージ: 聖歌隊ではなく、一人の優れた速読家が、本をパラパラとめくりながら要点をノートにまとめていくスタイルです。
従来、この「順に読む」スタイルはGPUが大の苦手でした。「前の文字を読み終わらないと次に行けない」ため、GPUの強みである「一斉処理」が使えなかったからです。
しかし、Mambaの発明者たちは、「Parallel Scan(並列スキャン)」という数学的なトリックを使うことで、「順に読む作業を、無理やりGPUで一斉に処理させる」ことに成功しました (Gu & Dao 2023)。
これにより、Mambaは以下の2つの「いいとこ取り」を実現しました。
- メモリ効率: データが長くてもメモリ消費が増えない(線形計算量)。
- 高速性: GPUのパワーをフル活用して高速に計算できる。
ハードウェアの話に入る前に、少しだけ技術的な補足をしましょう。
Mambaは「記憶力」と「速さ」に優れますが、実はTransformerが得意とする「文章の特定の場所をピンポイントで振り返る能力(コピー&ペーストのような作業)」は少し苦手とする場合があります。
そこで近年研究されているのが、MambaとTransformerを組み合わせたハイブリッドモデルです。その代表例の一つが「Samba」です。
- 構造: 基本はMamba(SSM)で構成しつつ、要所要所にTransformerの「Attention(注意機構)」をサンドイッチのように挟み込んでいます(Sliding Window Attention)。
- メリット: これにより、「Mambaの超長文処理・高速性」と「Transformerの高精度な記憶検索」の長所を組み合わせられる可能性が示されています。

3. ハードウェア戦争への影響:NVIDIA vs Google・新興勢力
では、Mambaや、その派生形であるハイブリッドモデルが普及すると、半導体メーカーの勢力図にはどのような影響があるのでしょうか?
① NVIDIAへの影響:「Attention依存」からの脱却?
Transformerの計算負荷の大部分は、Attention機構特有の「大規模な行列演算」にあります。NVIDIAのGPUには「Tensor Core」という、この演算に特化した回路が大量に積まれています。
一方、MambaやSambaのようなモデルでは、Attentionへの依存度が相対的に減り、代わりに「メモリの読み書き」や「スキャン操作(順次処理)」の重要性が増します。
- 懸念: 「今のNVIDIA GPUはTransformerに特化しすぎていて、Mamba系のモデルにはオーバースペック(回路の無駄遣い)ではないか?」という議論が一部でなされています。
- 実際: それでもNVIDIAは強力です。最大の強みはハードそのものより、「CUDA」という圧倒的に柔軟な開発環境にあります。実際、Mambaの公式実装もCUDAを使って高度にチューニングされており、現時点ではNVIDIA GPU上で極めて高速に動作します (Gu & Dao 2023)。NVIDIA帝国がただちに崩れることはないでしょう。
② 競合の逆襲:Google TPUと新興勢力のチャンス
しかし、「NVIDIAのGPU一択」の状況には変化の兆しがあります。新しい計算パターンの台頭は、GPU以外のアーキテクチャにとって追い風になる可能性があるからです。
- Google TPU (Tensor Processing Unit):
元々は大規模な行列演算に特化したチップですが (Jouppi et al. 2023)、その巨大なメモリ帯域とチップ間通信の速さは、将来的にSambaのような大規模ハイブリッドモデルを学習させる際、有利に働く可能性があります。特に「数万個のチップを繋いで超巨大モデルを作る」スケーラビリティにおいては、依然として最強の対抗馬です。 - 新興勢力 (Groq, Cerebras等):
実は今、最も注目されているのがここです。例えばGroqのようなLPU(Language Processing Unit)は、GPUのような並列処理ではなく、データの流れをスムーズにすること(決定論的データフロー)に特化した設計をしています。これは、Mambaのような「前から順に処理する(シーケンシャルな)」モデルと構造的に相性が良く、特に推論速度においてGPUを凌駕する可能性があります。
つまり、「TransformerならNVIDIA一強だが、Mamba/Sambaの世界では、どのチップが覇権を握るかまだ決着がついていない」というのが、現時点での科学的に誠実な評価です。
4. 医療現場への恩恵:AIの「民主化」
このハードウェアとソフトウェアの戦いは、私たち医療従事者に何をもたらすのでしょうか? 答えは「AIのコストダウン」と「プライバシーの保護」です。

- 計算資源の要件緩和
研究段階ではありますが、Mamba/Sambaの高いメモリ効率により、NVIDIA H100のような数百万円するGPUでなくても、従来より低い計算資源(例:院内の一般的なワークステーションや一部のノートPCレベルのGPU)で高度な長文解析が可能になる技術的可能性が示されています (Gu & Dao 2023; Ren et al. 2024)。 - カルテを外部に出さなくて済む
「計算コストが下がる」ということは、「クラウド上の巨大サーバーにデータを送らなくても、院内のサーバー(オンプレミス)でAIを動かせる」可能性が高まることを意味します。これは、厚生労働省のガイドライン等でも重視される個人情報保護の観点から決定的なメリットとなり得ます (厚生労働省 2023)。 - ゲノム解析の現実化
数億文字に及ぶDNA配列の解析は、従来のTransformerでは計算リソースの制約が大きく困難でした。Mamba/Sambaなら、より現実的なハードウェア構成で、個人のゲノム全体を読み込み、疾患リスク予測の研究を加速させることが期待されています (Schiff et al. 2024)。
※これらは現在主に研究用途での成果報告であり、臨床実装にはさらなる検証と規制対応が必要です。
まとめ:選択肢が増える未来
MambaやSambaの登場は、NVIDIAを脅かすというよりは、「NVIDIA一択」だった世界に選択肢をもたらすものです。

- Transformer: 短い文脈で最高精度を出したい時(今のGPUでOK)。
- Mamba/Samba: 超長文(ゲノム、生涯カルテ)や、省電力なデバイスで動かしたい時。
医療AI開発において、「どのモデルを使うか」は、いまや「どのチップで動かすか」という経済的な戦略とセットで考える時代に入りました。
私たち医師も、技術の細部を知る必要はありませんが、「AIはもっと身近で、安価なハードウェアで動くようになる」という未来の方向性は、確信を持って良いでしょう。
参考文献
- Gu, A. and Dao, T. (2023) ‘Mamba: Linear-Time Sequence Modeling with Selective State Spaces’, arXiv preprint, arXiv:2312.00752.
- Hooker, S. (2021) ‘The Hardware Lottery’, Communications of the ACM, 64(12), pp. 58–65. doi:10.1145/3467017.
- Jouppi, N.P. et al. (2023) ‘TPU v4: An Optically Reconfigurable Supercomputer for Machine Learning with Hardware Support for Embeddings’, Proceedings of the 50th Annual International Symposium on Computer Architecture (ISCA ’23). doi:10.1145/3579371.3589350.
- Ren, L. et al. (2024) ‘Samba: Simple Hybrid State Space Models for Efficient Unlimited Context Language Modeling’, arXiv preprint, arXiv:2406.07522.
- Schiff, Y. et al. (2024) ‘Caduceus: Bi-directional Equivariant Long-range DNA Sequence Modeling’, arXiv preprint, arXiv:2403.03234.
- Tay, Y. et al. (2022) ‘Efficient Transformers: A Survey’, ACM Computing Surveys, 55(6), pp. 1–28. doi:10.1145/3530811.
- Vaswani, A. et al. (2017) ‘Attention Is All You Need’, Advances in Neural Information Processing Systems, 30.
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