AIが単なるパターン認識を超え、真の知性を得るには「なぜ?」を理解する必要があります。この記事では、ジュディア・パール博士が提唱した「因果のはしご」の3ステップを通じて、AIが賢くなるための道筋と、それが医療にもたらす未来を探ります。
観察データから「何と何が一緒に起こるか」という相関関係を見つけ出すレベルです。多くのAIが得意としますが、「相関は因果を意味しない」という根本的な限界があります。
「もし〜したらどうなるか?」と能動的に世界に働きかけるレベル。交絡因子の影響を断ち切り、真の因果効果を検証します。医療におけるRCT(ランダム化比較試験)がこれに相当します。
「もしあの時、違う選択をしていたら?」と事実に反する”もう一つの現実”を想像する最高レベルの思考。個別の原因究明や個別化医療の実現に不可欠です。
チャットで質問すれば人間のように自然な文章で答えてくれたり、レントゲン写真から私たち専門家が見逃しかねない微細な病変の兆候を指摘してくれたり。近年のAI、特に深層学習の発展には、目を見張るものがありますよね。その精度と能力は、時に私たちの想像を超えることさえあります。
でも、一歩立ち止まって、こんなことを考えたことはありませんか?「この驚くほど賢いAIは、果たして物事の『なぜ』を本当に理解しているのだろうか?」と。
この問いの本質を理解するために、一つ有名な例を考えてみましょう。ある地域のデータを分析したAIが、「アイスクリームの売上が伸びる夏には、海や川での溺死者の数も増える」という非常に強い相関関係を発見したとします。データ上、これは紛れもない事実です。
この時、もしAIが「なるほど!では溺死者を減らすために、アイスクリームの販売を禁止すべきです」と提案してきたら、私たちはどう思うでしょうか?もちろん、「いやいや、それは違うだろう」と即座に否定しますよね。
私たち人間は、直感的に「暑い(気温の上昇)」という共通の原因が、アイスの売上と溺死者数の両方を増やしていることを理解しています。暑いからアイスが売れる。そして、暑いから人々は水辺で涼を求め、残念ながら事故も増えてしまう。この「気温」のように、結果(溺死者数)と、見かけ上の原因(アイスの売上)の両方に影響を与えてしまう『隠れた共通原因』のことを、統計学や疫学の世界では交絡因子(Confounder)と呼びます。
この「交絡」を見抜けないと、表面的なデータ(相関)に騙されて、全く見当違いの結論(因果の誤解)にたどり着いてしまうのです。
そして、この問題は、実は私たちの臨床現場で日常的に直面している課題と、全く同じ構造をしています。例えば、新しい治療薬Aを使った患者さんたちの経過が、従来の治療Bを受けた患者さんたちよりも良好だったという観察研究データがあったとします。この時、「よし、薬Aは効果がある!」と即断してしまって本当に大丈夫でしょうか?もしかしたら、薬Aを使ったのは元々体力のある若い患者さんが多く、治療Bは高齢で重症な患者さんに使われる傾向があった、という「患者背景の偏り」という交絡が隠れているかもしれません。
このように、単にデータからパターンを見つけ出すだけでは、真の因果関係にはたどり着けません。ここに、現在のAIが持つ根本的な限界と、私たちが向き合うべき大きな課題があります。
この、人間とAIが共に直面する「因果関係」という深遠なテーマに、数学と哲学の光を当てたのが、コンピュータ科学のノーベル賞とも言われるチューリング賞を受賞したジュディア・パール(Judea Pearl)博士です。彼が提唱した「因果のはしご(Causal Ladder)」という考え方は、AIが真の知性を獲得し、私たちがより良い意思決定を行うためのロードマップを示してくれます。私自身、この概念に初めて触れた時、モヤモヤが晴れていくような感覚を覚え、非常にワクワクした記憶があります (Pearl & Mackenzie, 2018)。
この記事では、パール博士が提唱した「因果のはしご」という3つのステップ――①関連、②介入、③反実仮想――を一つずつ登りながら、AIが本当の意味で「賢く」なるための道筋と、それが私たちの医療をどう変える可能性があるのかを、一緒に探っていきましょう。
第1段:関連 (Association) – データを「見て」パターンを見つけるAI
因果のはしごの出発点、その最も土台となるのが第1段「関連(Association)」の世界です。一言でいうと、これはひたすらデータを「見て」、そこに潜むパターンや関係性を探し出すレベルです。ここでのAIの役割は、優秀な観察者に徹すること。自ら何かを試したり、「もしも」を考えたりはせず、ただ目の前にある事実のデータから、「何と何が一緒に起こりやすいか」を見つけ出すのです。
🧠 このレベルのAIが立てる問い
この段階の問いは、すべて「観察されたデータに基づいて、何が言えるか?」という形式を取ります。
- 「ある症状(X)を持つ患者が、特定の疾患(Y)を持っている確率はどのくらいか?」
- 「特定の遺伝子変異(X)を持つ人は、将来、特定の疾患(Y)を発症するリスクがどのくらい高いか?」
- 「この検査値(X)が上昇している場合、予後(Y)はどうなりそうか?」
どれも「もしこうだったら」という仮定ではなく、既にあるデータセットの中での関係性、つまり相関関係を問うているのがポイントです。
💻 AIは何をしているのか? 条件付き確率という「レンズ」
この「関連」を数学的に表現する強力なツールが、条件付き確率です。記号では \( P(Y|X) \) と書かれます。
初めて見ると少し難しく感じるかもしれませんが、分解すればとてもシンプルです。これは、私たちが日常的に行っている思考と同じなんですよ。
\( P(Y|X) \)
- P: “Probability” の頭文字で、「確率」を意味します。
- ( … ): このカッコの中に、知りたい事柄が入ります。
- Y: “Outcome” や結果など、知りたいこと。例えば「疾患である」こと。
- |: 「…という条件のもとで」という意味の区切り線です。英語の “given” にあたります。
- X: “Condition” や条件。例えば「特定の症状がある」こと。
つまり、\( P(Y|X) \) は「Xという事柄がすでに観察されているという条件のもとで、Yが起こる確率はどれくらいか?」を意味します。
この考え方は、現代の多くのAI、特に医療分野で活躍するAIの根幹を成しています。例えば、スタンフォード大学の研究チームが発表した有名な論文では、深層学習モデルが皮膚がんの画像から専門医に匹敵する精度で悪性黒色腫を識別できることが示されました (Esteva et al., 2017)。このAIが行っているのも、基本的には「この画像のピクセルパターン(X)が与えられたとき、それが悪性である確率(Y)はいくつか?」という \( P(Y|X) \) の計算、つまり「関連」の発見なのです。
⚠️ このレベルの限界:なぜ「関連」だけでは不十分なのか
この第1段の能力は非常にパワフルで、診断支援や予後予測において絶大な価値を発揮します。しかし、ここには明確な限界があります。それは、「関連」は「原因」を意味しないということです。
冒頭のアイスクリームの例のように、「AとBが関連している」という事実だけでは、
- AがBの原因なのか?
- BがAの原因なのか?
- あるいは、隠れたCがAとB両方の原因なのか?
という問いには一切答えられません。治療という「介入」の効果を考えたり、「もしあの時、別の治療をしていたら」という「反実仮想」を考えたりするためには、このはしごをさらに登っていく必要があるのです。
まずはこの第1段、「関連」の世界が、現在のAIの得意技であり、同時にその限界の出発点でもある、ということをしっかり押さえておきましょう。
第2段:介入 (Intervention) – 能動的に「やってみる」AI
観察だけの世界から、いよいよ一歩踏み出します。因果のはしごの第2段は「介入(Intervention)」の世界です。これは、データをただ眺めるのではなく、「もし、私たちが積極的に『何か』をしたら、その結果どうなるだろう?」と、未来を予測するために能動的に世界に働きかけるレベルを指します。観察者から、実験者へと役割が変わるイメージですね。
🧠 このレベルのAIが立てる問い
「介入」レベルの問いは、常に「もし〜したら(What if we do…?)」という形を取ります。これは、因果関係を解き明かすための、科学の根幹を成す問いです。
- 「この患者集団に、この新薬を投与したら、回復率はどう変わるか?」
- 「新しい禁煙プログラムを実施したら、半年後の禁煙成功率はどうなるか?」
- 「診療ガイドラインを変更したら、合併症の発生率は低下するか?」
第1段の「関連」が過去のデータに対する問いだったのに対し、第2段の「介入」は未来の結果を変えるための行動についての問いである、という点が決定的に異なります。
💻 AIは何をしているのか? do演算子という「魔法の杖」
第1段の限界を思い出してください。「ある薬を飲んだ患者群は、飲まなかった患者群より回復率が高い」という観察データ(関連)があったとしても、それだけでは薬の効果は断定できません。なぜなら、その薬を処方されたのは元々症状が軽い患者さんだった、あるいは健康意識の高い患者さんだった、という交絡の可能性があるからです。
そこで登場するのが、ジュディア・パール博士が導入した画期的な概念、do演算子です。数式では \( P(Y|do(X)) \) と書きます。
\( P(Y|do(X)) \)
- \( P(Y|…) \) の部分は第1段と同じく「…という条件のもとでのYの確率」を意味します。
do(X): ここが「魔法の杖」です。これは「変数Xを、強制的に特定の値にする」という介入を表します。患者の意思や医師の裁量、症状の軽重といった、自然な因果の流れをすべて断ち切って、「全員に薬Xを投与する」というアクションを強制的に行うことを意味します。
\( P(Y|X) \)(見る)と \( P(Y|do(X)) \)(行う)の違いを図で見てみましょう。
🏥 医療における「介入」のゴールドスタンダード:RCT
この do演算子の考え方を、現実世界で最も忠実に再現しようとする試みが、皆さんもよくご存知のランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)です。
RCTでは、患者をランダムに治療群と対照群に割り付けます。この「ランダム化」こそが、do演算子と同じ役割を果たします。つまり、患者の年齢、性別、重症度といったあらゆる背景因子(交絡因子)と、どの治療を受けるか(介入)の間にあったはずの関連性を強制的に断ち切るのです。その結果、2つのグループ間の結果に差があれば、それは「介入」そのものによる因果効果であると結論づけることができます。まさに、臨床研究におけるゴールドスタンダードと言われる所以ですね (Friedman et al., 2010)。
AIがこの第2段のレベルに到達することで、単なる予測マシンから、「どの治療法が最も効果的か」といった、私たちの意思決定を直接サポートする、より強力なパートナーになる可能性を秘めているのです。
第3段:反実仮想 (Counterfactuals) – AIが「もしも」を想像する日
いよいよ、因果のはしごの最上段に到達しました。ここは第3段「反実仮想(Counterfactuals)」の世界。人間の知性の根源に最も近い、複雑で、そして最もパワフルな思考領域です。これは、現実に起こった事象に対して、「もし、あの時、違う選択をしていたら、今頃どうなっていただろうか?」と、事実に反する “もう一つの現実” を想像する能力を指します。
🧠 このレベルで立てる問い
反実仮想の問いは、常に過去を振り返り、そこから深い学びを得ようとします。それは時に後悔や内省の形をとり、科学的な原因究明の核心に迫ります。
- 「この患者さんは治療Aを受けて回復したが、もし、あの時、治療Bを受けていたら、もっと早く回復していただろうか?」
- 「残念ながら重篤な副作用が出てしまった。もし、投与量を半分にしていたら、この副作用は避けられただろうか?」
- 「なぜ今回の臨床試験は失敗したのか?もし、対象患者の基準をより厳格に設定していたら、成功しただろうか?」
これらの問いは、第2段「介入」の問い(集団に対してどうなるか?)よりも、さらに踏み込んで「この個人にとって、何が起こったのか?」という、個別化された原因を追求しているのが特徴です。
⚖️ なぜ「反実仮想」が医療で究極的に重要なのか
この思考は、まさに私たち医療者が日々、無意識に行っていることではないでしょうか。「あの患者さんへのアプローチは、あれで本当にベストだったのか…」。カンファレンスでの症例検討や、自身の臨床判断の振り返りは、すべてこの反実仮想の思考に基づいています。
ハーバード大学の専門家らによる因果推論の教科書『Causal Inference: What If』がそのタイトルにしている通り、「もしも」を科学的に考えることは、医療の質を向上させるための根幹です (Hernán & Robins, 2020)。ある治療がなぜ成功し、なぜ失敗したのか、その根本原因を特定し、未来の患者さん一人ひとりへの個別化医療(Personalized Medicine)を実現するためには、この反実仮想的な問いに答える能力が不可欠なのです。
💻 数学的な表現:ポテンシャルアウトカムという考え方
この複雑な「もしも」の世界を、数学者は「ポテンシャルアウトカム(Potential Outcomes)」というフレームワークで整理しました。少し難しく聞こえるかもしれませんが、考え方は非常に直感的です。
ある患者さん \(i\) にとって、
- \( Y_i(1) \):もし治療(処置=1)を受けたとしたら、どういう結果になったか
- \( Y_i(0) \):もし治療(処置=0)を受けなかったとしたら、どういう結果になったか
という2つの「潜在的な結果」が存在すると考えます。そして、この患者さん \(i\) 個人における真の因果効果(Individual Causal Effect)は、この2つの差 \( Y_i(1) – Y_i(0) \) で定義されます。
しかし、ここには「因果推論の根本問題」と呼ばれる、大きな壁が立ちはだかります。
私たちは、一人の人間が同時に「薬を飲む世界」と「飲まない世界」に存在することはできないため、\( Y_i(1) \) と \( Y_i(0) \) の両方を同時に観測することは絶対に不可能なのです。
では、どうするのか? 統計学的な因果推論では、適切な仮定のもとで、たくさんの人々のデータから、この観測不能な「もしも」を平均的に推測しようと試みます。これこそが、因果推論という分野が挑戦している核心的な課題です。
🤖 AIが内省を始める日
AIがこの第3段のレベルに到達するということは、単に予測するだけでなく、自らの判断や過去の事象について「なぜそうなったのか?」と内省し、「どうすればもっと良い結果になったのか?」をシミュレーションできるようになることを意味します。
そうなれば、AIは私たちの真のパートナーとなり得ます。例えば、ある治療で予期せぬ結果が生じた際に、その患者の膨大なゲノム情報や生活習慣データから、「この結果の最も可能性の高い原因は、遺伝子Aと薬剤Bの相互作用であり、もし薬剤Cを使っていれば、この事態は95%の確率で回避できたはずです」といった、深い洞察を提供してくれる未来が来るかもしれません。
それはもはや単なるツールではなく、共に考え、学び、成長する知性の姿と言えるのではないでしょうか。
臨床応用:医療現場での因果のはしご 🪜
さて、これまで見てきた「因果のはしご」という少し抽象的な概念が、実際の医療現場や臨床研究の世界でどのように活かされているのか、具体的に結びつけてみましょう。この対応関係を理解すると、日々の業務や論文で目にする研究手法が、因果推論どのレベルに取り組んでいるのかがクリアになり、研究デザインの意図をより深く読み解けるようになるはずです。
第1段:関連 → 観察から「仮説」の種を見つける疫学研究
はしごの第1段「関連(Association)」は、観察研究や疫学研究の世界に相当します。ここでは、私たちは介入を行わず、ただ現実世界で起こっていることをじっと観察し、データの中から病気のリスク因子や予後に関連する要因の「候補」を探し出します。
対応する研究手法:
- 横断研究 (Cross-sectional study): ある一時点でのデータから、疾患と要因の関連を見ます。「高血圧の人とそうでない人で、塩分摂取量に違いはあるか?」といった問いです。
- 症例対照研究 (Case-control study): 特定の疾患を持つ人(症例)と持たない人(対照)の過去を遡り、要因への曝露を比較します。「肺がん患者は、そうでない人と比べて過去の喫煙歴に違いがあるか?」というアプローチです。
- コホート研究 (Cohort study): 特定の集団を長期間追跡し、要因への曝露がある群とない群で、疾患の発生率に差があるかを見ます。「喫煙者と非喫煙者を10年間追跡したとき、肺がんになるリスクはどちらが高いか?」を調べる、強力な観察研究ですね。
これらの研究は、因果関係の仮説を立てるための非常に重要な第一歩です。しかし、この段階では交絡因子の影響を完全には排除できないため、「喫煙と肺がんに関連がある」とは言えても、「喫煙が肺がんの原因だ」と断定するには、さらなる証拠が必要になります。
第2段:介入 → 「効果」を証明するランダム化比較試験(RCT)
はしごの第2段「介入(Intervention)」は、まさにランダム化比較試験(RCT)の世界そのものです。観察で見つかった仮説が本当に正しいのかを検証するため、研究者が能動的に「もし、この治療をしたらどうなるか?」という問いに答えます。
対応する研究手法:
- ランダム化比較試験 (Randomized Controlled Trial, RCT): 新しい治療法や薬の効果を検証するためのゴールドスタンダードです。研究参加者をランダムに介入群と対照群に割り付けることで、私たちが知っている、あるいは知らない未知の交絡因子さえも、両群で均等に分布させることができます。これにより、両群の結果に差が出た場合、それは「介入」そのものによる因果効果であると、高い確度で結論づけることができるのです。
新しい医薬品の承認申請や、診療ガイドラインで治療法を推奨する際の最も強力なエビデンスは、このレベルの研究から生まれます。集団全体に対する治療の平均的な効果(Average Treatment Effect, ATE)を科学的に証明することが、この段階のゴールです。
第3段:反実仮想 → 「個別化」を目指す精密医療への挑戦
はしごの最上段「反実仮想(Counterfactuals)」は、集団の平均から一歩進んで、「個」に焦点を当てます。これは、個別化医療(Personalized Medicine)や精密医療(Precision Medicine)が目指す究極の目標と深く結びついています。
目指す医療の姿:
- 治療効果の異質性(Heterogeneity of Treatment Effects, HTE)の理解: RCTで「平均的には効果がある」と示された薬も、ある人には劇的に効き、ある人には全く効かない、あるいは副作用が強く出てしまうことがあります。なぜそのような個人差が生まれるのか?「もし、この患者さんに別の治療をしていたら、もっと良い結果になったのではないか?」という反実仮想的な問いを通じて、治療効果の個人差を生む要因(遺伝子、バイオマーカー等)を特定しようとします。
- N-of-1試験 (N-of-1 trial): 一人の患者さんの中で、治療期間と休薬期間をランダムに繰り返すことで、その患者さん個人における治療効果を推定しようとする研究デザインです。まさに個人レベルでの因果効果を追求するアプローチと言えます。
AIや機械学習の力を借りて、膨大な患者データから複雑なパターンを学習し、観測データしかなくても「もしこの患者さんに薬Bを使っていたら…」というシナリオを精度高く予測する。これが実現すれば、目の前の患者さん一人ひとりにとって真に最適な治療法を提案する、次世代の医療が現実のものとなるでしょう。このレベルは、臨床家としての深い洞察と、データサイエンスが融合する最前線なのです。
まとめ:AIはどこまで賢くなれるのか?因果推論が拓く未来
さて、私たちはジュディア・パール博士の「因果のはしご」を一緒に登ってきました。この3つのステップは、単なる知的なフレームワークに留まりません。それは、AIというテクノロジーの現在地を正確に理解し、そしてその未来の可能性を指し示す、壮大なロードマップなのです。
第1段「関連」の世界では、現在のAIはすでに人間を凌駕するほどの素晴らしい成果を上げています。画像診断からゲノム解析まで、膨大なデータの中から人知を超えたパターンを見つけ出す能力は、もはや現代医療に不可欠なものとなりつつあります。しかし、それはあくまで世界を「見る」能力に過ぎません。
第2段「介入」の世界へ足を踏み入れることで、AIは初めて科学の領域に到達します。観察から一歩進んで、「もし、この治療法を試したら?」という問いに答える能力は、創薬プロセスのシミュレーションや公衆衛生政策の立案など、より能動的な役割をAIに与え始めました。因果推論ライブラリなどの登場により、この分野は今、急速に発展しています。
そして、最も挑戦的で、最も大きな可能性を秘めているのが第3段「反実仮想」の世界です。人間のように柔軟に「もしも…」を思考し、過去の出来事から深く内省できるAIは、まだ活発な研究の初期段階にあるとされています (Bareinboim et al., 2022)。しかし、もしAIがこのレベルに到達したなら、私たちの医療は根底から変わるかもしれません。
それは、単なる「パターン認識マシン」や「予測ツール」からの卒業を意味します。AIは、私たちの意思決定を真に助け、共に悩み、考える「賢明なパートナー」へと進化するでしょう。例えば、複雑な症例に直面したとき、過去の何百万人ものデータに基づいて、「この患者さん個人にとって、もしあの時別の選択をしていたら、こうなっていた可能性が高いです。だからこそ、次の最善の一手はこれです」と、深い因果的洞察に基づいた助言を与えてくれる。そんな未来が訪れるかもしれないのです。
AIがこのはしごを一段ずつ登っていく道のりは、特に個別化医療や創薬、そして原因不明の疾患の解明など、複雑な因果関係が絡み合う分野での未来を大きく左右するはずです。
もちろん、技術的な課題は山積みですし、倫理的な議論も欠かせません。しかし、「なぜ?」を問う能力こそが知性の本質であるならば、AIを知性の高みへと導くこの「因果のはしご」を登る旅は、始まったばかりなのです。
この記事を読んで、皆さんはAIの未来に何を感じましたか? 私たちの仕事は、いつかAIに奪われるのでしょうか? 私は、そうは思いません。むしろ、因果推論の能力を備えたAIは、私たちを日々の膨大な情報の海から解放し、より創造的で、より人間的な「なぜ?」を考える時間を与えてくれる、最高の相棒になるのではないか、と期待しているのです。
参考文献
- Bareinboim, E., Correa, J.D., Ibeling, D. and Icard, T. (2022). On Pearl’s Hierarchy and the Foundations of Causal Inference. In Probabilistic and Causal Inference: The Works of Judea Pearl (pp. 507-556). ACM Books.
- Esteva, A., Kuprel, B., Novoa, R.A., Ko, J., Swetter, S.M., Blau, H.M. and Thrun, S. (2019). A guide to deep learning in healthcare. The Lancet, 393(10189), pp.2461-2472. (Originally published in Nature Medicine, 23(1), pp.24-36, 2017).
- Friedman, L.M., Furberg, C.D., DeMets, D.L., Reboussin, D.M. and Granger, C.B. (2010). Fundamentals of Clinical Trials. Springer.
- Hernán, M.A. and Robins, J.M. (2020). Causal Inference: What If. Chapman & Hall/CRC.
- Pearl, J. and Mackenzie, D. (2018). The Book of Why: The New Science of Cause and Effect. Basic Books.
- Pearl, J., Glymour, M. and Jewell, N.P. (2016). Causal Inference in Statistics: A Primer. Wiley.
- Holland, P.W. (1986). Statistics and causal inference. Journal of the American Statistical Association, 81(396), pp.945-960.
- Rubin, D.B. (1974). Estimating causal effects of treatments in randomized and nonrandomized studies. Journal of Educational Psychology, 66(5), pp.688-701.
- VanderWeele, T.J. (2015). Explanation in Causal Inference: Methods for Mediation and Interaction. Oxford University Press.
- Greenland, S., Pearl, J. and Robins, J.M. (1999). Causal diagrams for epidemiologic research. Epidemiology, 10(1), pp.37-48.
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For J³, may joy follow you.

