データの「真ん中」を示す平均値だけでは、集団の本当の姿は見えません。データの「ばらつき」を理解することで、その個性を深く読み解くことができます。
分散は「各データと平均値の差(偏差)の2乗」の平均値で、ばらつきの大きさを示します。 しかし単位が2乗(例: cm²)され直感的ではありません。
標準偏差は分散の平方根をとったもので、単位が元に戻ります。 「データが平均からどのくらい離れているか」を直感的に示します。
データの分布を視覚化した「レントゲン写真」です。 中央値、データの中心50%が収まる範囲(箱)、全体の広がり(ひげ)、外れ値などを一目で把握できます。 複数のグループのばらつきを比較するのに非常に便利です。
平均値という「点」の情報に、標準偏差や箱ひげ図で示される「広がり」の情報を加えることで、データの姿を立体的に捉えることができます。
前回の冒険では、データの集団を代表する「真ん中」のキャプテン、平均値と中央値について学びましたね。これで、データの大まかな中心点がどこにあるのか、バシッと掴めるようになったはずです。でも、本当にそれだけで十分でしょうか?
想像してみてください。ここに、新薬Aを投与したグループと、新薬Bを投与したグループがいます。どちらのグループも、治療後の血圧の「平均値」はぴったり同じ120mmHgでした。これだけ見ると、「なんだ、どっちの薬も効果は同じくらいか」と思ってしまいそうですよね。
ところが、データをよーく見ると、グループAの患者さんは全員が115〜125mmHgの間に収まっているのに、グループBの患者さんは80mmHgの人もいれば160mmHgの人もいる…。もしそうなら、話は全く違ってきます。グループBの薬は、人によって劇的に効いたり、逆に全く効かなかったりする「クセの強い薬」なのかもしれません。
そう、データの「真ん中」だけを見ていては、その集団が持つ本当の「個性」や「性格」を見逃してしまうんです。この個性こそが、データの「ばらつき(散布度)」。今回は、この散らかり具合を解き明かすための最強の探偵ツール、「分散」と「標準偏差」の物語です!
なぜ「ばらつき」が重要?平均点が同じ、でも中身が違う2つのクラス
データのばらつきの重要性を、もっと身近な例で考えてみましょう。ここに、AクラスとBクラスという2つのクラスがあります。どちらもテストの平均点は70点でした。
- Aクラス: ほとんどの生徒が65点から75点の間にいて、みんなの実力が拮抗しているクラス。
- Bクラス: 90点以上の優秀な生徒と、40点以下の苦手な生徒に二極化しているクラス。
平均点だけ見れば同じでも、この2つのクラスに必要な指導が全く違うことは、誰の目にも明らかですよね。Aクラスは全体のレベルを少し上げる指導、Bクラスは個々のレベルに合わせた手厚いフォローが必要になりそうです。
これは医療現場でも全く同じ。同じ平均値を持つ2つの治療グループでも、効果のばらつきが大きければ、「なぜ一部の患者には効きにくいのか?」という新しい問いが生まれます。もしかしたら、そこに特定の遺伝子型や生活習慣が関係しているのかもしれません。このように、ばらつきは、私たちに次なる研究へのヒントを与えてくれる宝の山なんです。
ばらつきを数値化せよ!「分散」という名のアイデア
「ばらつきが大きい/小さい」と言うのは簡単ですが、それを客観的な「数字」で表すにはどうすれば良いでしょう?
一番シンプルなアイデアは、「各データが、平均値からどれくらい離れているか」を測ることですよね。この、平均値からの距離を「偏差」と呼びます。
でも、ここに一つ問題が。偏差にはプラス(平均より大きい値)とマイナス(平均より小さい値)があります。もし、全ての偏差を単純に足し合わせると、プラスとマイナスが打ち消し合って、合計が必ずゼロになってしまうんです。これでは、ばらつきの大きさを測れません。
そこで、ある賢い数学者がひらめきました。「そうだ!全部2乗してしまえば、マイナスが消えて全部プラスになるじゃないか!」
この素晴らしいアイデアから生まれたのが「分散 (Variance)」です。分散の計算は、以下のステップで行われます。
- 各データの「偏差(平均値との差)」を求める。
- それぞれの偏差を「2乗」する。
- 2乗した値を全部足し合わせて、最後にデータの個数(あるいは個数-1)で割る。
要するに、分散とは「偏差の2乗の平均値」なんです。式で書くとこうなります。
\[ s^2 = \frac{1}{n-1} \sum_{i=1}^{n} (x_i – \bar{x})^2 \]
一つずつ見ていきましょう。
- \(s^2\): 分散を表す記号です(sの2乗)。
- \((x_i – \bar{x})\): これが偏差。i番目のデータから平均値 \(\bar{x}\) を引いています。
- \((x_i – \bar{x})^2\): 偏差を2乗して、マイナスを消しています。
- \(\sum\): 全てのデータについて、計算した値を合計する記号でしたね。
- \(\frac{1}{n-1}\): 最後に合計値を割っています。
ここで「あれ?なんで \(n\) じゃなくて \(n-1\) で割るの?」と疑問に思った方は、とても鋭い! 私たちが扱うデータは、ほとんどの場合、もっと大きな集団(母集団)から取ってきた一部(サンプル)ですよね。そのサンプルから母集団全体のばらつきを推定しようとすると、実は少しだけズレが生じてしまうんです。そのズレを数学的に補正するために、\(n-1\) で割る、と今はふんわり理解しておけば大丈夫です。これを「不偏分散」と呼び、統計学ではこちらが主役です。
ただ、分散には一つだけ分かりにくい点が。値を2乗しているので、単位も2乗されてしまうんです。例えば、身長(cm)のデータの分散は、単位が \(cm^2\) (平方センチメートル) になってしまい、直感的にピンときませんよね。
最強の相棒「標準偏差」!元の世界にカムバック
分散の「単位が2乗されちゃって分かりにくい問題」を解決するために登場したのが、今回の真のヒーロー、「標準偏差 (Standard Deviation, SD)」です。
作り方は驚くほど簡単。分散に平方根(ルート \(\sqrt{\quad}\))をかぶせるだけ。
\[ s = \sqrt{s^2} = \sqrt{\frac{1}{n-1} \sum_{i=1}^{n} (x_i – \bar{x})^2} \]
たったこれだけで、単位が元のデータと同じ(\(cm^2\) が \(cm\) に)戻ってきます。これにより、標準偏差は「データがおおよそ平均値からどれくらい離れて散らばっているか」を示す、とても直感的な指標になるんです。
標準偏差がなぜこれほどまでに愛されているかというと、特にデータが正規分布(きれいな左右対称の釣鐘型の分布)に近い場合、次のような美しい関係があるからです(68-95-99.7ルール)。
- 「平均値 ± 1 × 標準偏差」の範囲に、約68%のデータが含まれる。
- 「平均値 ± 2 × 標準偏差」の範囲に、約95%のデータが含まれる。
- 「平均値 ± 3 × 標準偏差」の範囲に、約99.7%のデータが含まれる。

論文のグラフでよく見る、平均値の棒グラフに生えているヒゲ(エラーバー)。あれが、この標準偏差(や、それを応用した標準誤差、信頼区間)を表していることが多いんです。つまり標準偏差は、データのばらつきを評価し、群間で比較するための世界共通言語とも言えるんですね。
データのレントゲン写真!「箱ひげ図」で一目瞭然
分散や標準偏差は、ばらつきを一つの数字にまとめてくれるパワフルなツールです。でも、時には「数字だけじゃなくて、もっと全体像をパッと見たい!」と思うこともありますよね。
そんな時に役立つのが、データの分布を視覚化する「箱ひげ図 (Box Plot)」です。これは、データの散らばり具合を「箱」と「ひげ」で表現したグラフで、まさにデータのレントゲン写真のようなもの。
箱ひげ図は、データを小さい順に並べ、それを4等分するポイントを使って描かれます。
この図から、こんなにも多くの情報を読み取れるんです。
- 箱の長さ(四分位範囲, IQR): 箱の部分は、データ全体の真ん中50%が収まる範囲を示します。この箱が長ければ長いほど、データのばらつきが大きいことを意味します。
- 箱の中の線(中央値): データ全体のど真ん中です。これが箱の中心からどちらかにズレていれば、データの分布が左右非対称に「歪んでいる」ことが分かります。
- ひげの長さ: 上下(左右)に伸びる線は、データ全体のおおよその広がりを示します。
- 外れ値(点): 箱やひげから大きく外れた場所にプロットされる点で、極端な値の存在を教えてくれます。
臨床研究で2つの治療群を比較する際、それぞれの結果を箱ひげ図で隣り合わせに並べてみてください。平均値や中央値の高さの違いだけでなく、箱の長さ(ばらつき)や分布の歪み、外れ値の有無まで、一目で比較することができます。統計学者ジョン・テューキーが考案したこの図は、探索的データ解析において非常に強力な武器となります (Tukey, 1977)。
まとめ:ばらつきを知れば、データはもっと饒舌になる
いかがでしたか?今回は、データの「真ん中」だけでなく、その「散らかり具合」に焦点を当ててきました。
- データの「真ん中」が同じでも、「ばらつき」が違えば、集団の性質は全く異なる。
- 分散と標準偏差は、そのばらつきを客観的な「数値」で示してくれる強力なツール。
- 箱ひげ図は、データの分布、歪み、外れ値までを「視覚的」に教えてくれるレントゲン写真。
平均値や中央値という「点」の情報に、標準偏差や箱ひげ図という「広がり」の情報を加えることで、私たちはデータの姿をより立体的(3D)に捉えることができるようになります。CONSORT声明のような臨床試験の報告ガイドラインでも、結果を要約する際には、ばらつきの指標(標準偏差など)を併記することが強く推奨されています (Schulz et al., 2010)。
データは、私たちが正しく問いかけさえすれば、本当に多くの物語を語ってくれます。次回は、今回少しだけ顔を出した「グラフ」に焦点を当て、データをさらに魅力的に、そして直感的に表現するための可視化の魔法について探求していきましょう!
参考文献
- Altman, D. G. (1990). Practical statistics for medical research. CRC Press.
- Altman, D. G., Bland, J. M. (1996). Statistics notes: Standard deviations and standard errors. BMJ, 313(7048), 903.
- Bland, M. (2015). An introduction to medical statistics (4th ed.). Oxford University Press.
- Bland, J. M., & Altman, D. G. (1996). Statistics notes: Transforming data. BMJ, 312(7033), 770.
- Campbell, M. J., Machin, D., Walters, S. J. (2007). Medical statistics: A textbook for the health sciences (4th ed.). Wiley.
- Kirkwood, B. R., & Sterne, J. A. C. (2003). Essential medical statistics (2nd ed.). Blackwell Science.
- Norman, G., & Streiner, D. (2014). Biostatistics: The bare essentials (4th ed.). PMPH-USA.
- Schulz, K. F., Altman, D. G., & Moher, D. (2010). CONSORT 2010 statement: updated guidelines for reporting parallel group randomised trials. BMJ, 340, c332.
- Swinscow, T. D. V., & Campbell, M. J. (2002). Statistics at square one (10th ed.). BMJ Books.
- Tukey, J. W. (1977). Exploratory data analysis. Addison-Wesley.
- Vittinghoff, E., Glidden, D. V., Shiboski, S. C., & McCulloch, C. E. (2012). Regression methods in biostatistics: Linear, logistic, survival, and repeated measures models (2nd ed.). Springer.
- Sheskin, D. J. (2020). Handbook of parametric and nonparametric statistical procedures (6th ed.). CRC Press.
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