対話型AIは、医療コミュニケーションをどう変えるのか。本記事では、その基本機能から安全な対話の設計、音声連携、そして患者参加を促す未来像まで、AIが拓く新しい医療の可能性を4つの要点に凝縮して解説します。
基本機能
24時間働く医療アシスタント
大規模言語モデル(LLM)を活用し、患者からのよくある質問に24時間自動で答えたり、診察前の問診を補助したりします。医療スタッフの負担を減らし、時間をより専門的な業務に集中させます。
安全な対話の設計
AIを教育する「指示書」
プロンプト技術でAIの役割や禁止事項を厳密に設定。不正確な情報や診断行為を防ぎ、共感的で信頼できる応答を生成させ、医療現場で安全に使えるようAIを教育します。
音声による自動化
「耳と口」を持つAI
音声認識(STT)と音声合成(TTS)を組合せ、AIが診察会話からカルテ草案を自動作成。医師は患者と向き合うことに集中できます。またAIが音声で服薬案内なども可能になります。
未来への応用
患者と歩むAIパートナー
AIは退院後も患者に寄り添い、服薬支援や体調確認を行います。これにより患者は主体的に治療へ参加できるように。医療者と患者の繋がりを強め、治療の質を高める新しい関係を築きます。
「先生、このお薬の副作用について、もう少し詳しく教えていただけますか?」
「次の検査まで、家でどんなことに気をつければ良いでしょうか?」
外来の最後の枠、ドアの外では次の患者さんが静かに待っている。そんな状況で、私たちは患者さんから投げかけられる、こうした切実な問いに日々向き合っています。もっと時間をかけて丁寧に説明したい、という気持ちと、全体の診療を滞らせてはいけない、という責任感との間で、静かな葛藤を覚える。それは、医療の最前線に立つ者にとって、あまりにも日常的な光景かもしれません。
もし、私たちのチームに、新しいメンバーが加わってくれるとしたらどうでしょう。
一人は、基本的な医療情報やよくある質問に、24時間365日、決して疲れることなく、常に正確かつ共感的に答えてくれる「医療情報の専門司書」。
もう一人は、患者さんとの会話を一言一句聞き漏らさず、その場で構造化されたカルテの草案を書き上げてくれる「完璧な記憶力を持つ書記」。
そんなパートナーがいてくれたなら、私たちは、患者さんの目を見て、その表情の微細な変化を読み取り、言葉の奥にある本当の不安に寄り添うという、人間にしかできない、最も温かいコミュニケーションにもっと多くの時間とエネルギーを注げるようになるのではないでしょうか。
本講座「作って理解する!シリーズ医療×生成系AI」の第8回では、まさにこの「対話」というテーマに、AI、特に大規模言語モデル(LLM)を用いてアプローチします。AIとの自然な言葉のキャッチボールを通じて、いかに患者さんの不安を和らげ、治療への参加を促し、そして私たちの業務負担を軽減できるか。その可能性の最前線を探っていきます。
この記事では、「第8回: 対話型AIによる患者コミュニケーション支援」で学ぶ4つの柱の全体像を、いわば、この新しいAIパートナーに与えるべき「役割指示書」の概要として、ダイジェストでご紹介します。
なお、本記事は各トピックの概要を掴んでいただくためのサマリーです。チャットボットの具体的な構築方法や、その安全性を担保するための技術的な詳細については、今後の記事で各項目(8.1, 8.2など)を深く掘り下げて解説していきますので、ご安心ください。
8.1 LLMを活用した医療情報提供・問診補助チャットボットの構築
イントロダクションで、私たちは「医療情報の専門司書」や「完璧な記憶力を持つ書記」といった、新しいAIパートナーの姿を思い描きました。このセクションでは、その一人目、「専門司書」の役割を担う医療チャットボットを実際に作る、その第一歩を踏み出します。
おそらく皆さんも、Webサイトの隅にある「ご質問はこちら」といったチャットウィンドウを利用した経験があるでしょう。これまでは、決められたキーワードにしか反応しない、少し融通の利かないものが多かったかもしれません。しかし、大規模言語モデル(LLM)の登場で、チャットボットは大きく変わりました。まるで人間と話しているかのような、自然な言葉のキャッチボールが可能になったのです。
AIチャットボットが担う、2つの重要な役割
医療分野において、この新しいチャットボットは、主に2つの重要な役割を担うことが期待されています。
- 医療情報提供ボット(24時間対応の相談窓口)
患者さんやそのご家族が抱く、「このお薬の一般的な副作用は?」「次の検査は食事を抜く必要がありますか?」といった、よくある質問(FAQ)に、24時間365日いつでも自動で応答します。これにより、患者さんは時間を気にせず不安を解消でき、医療機関側は、電話対応などに割かれていたスタッフの時間を、より専門的な業務に振り分けることができます。 - 問診補助ボット(医師の時間を最大化するアシスタント)
診察の前に、患者さんにスマートフォンや院内のタブレットから、AIが対話形式で基本的な問診を行います。「今日はどうされましたか?」「その症状はいつからですか?」といった対話を通じて情報を収集し、その結果を構造化・要約して医師に提示します。これにより、医師は診察室でゼロから話を聞き始めるのではなく、重要なポイントを把握した上で、より深く、本質的な対話に時間を使うことができるようになります。
ハンズオン:基本的なチャットボットを動かしてみる
理論はこれくらいにして、実際に手を動かしてみましょう。ここでは、比較的小さくても優秀な日本語モデル「OpenCALM」を使い、このチャットボットの「心臓部」がどのように機能するかを見ていきます。
【実行前の準備】以下のコードは、比較的小さな公開モデルを使用しており、Google ColabのCPU環境でも動作する可能性がありますが、GPU(T4など)の利用を推奨します。実行前に pip install transformers torch sentencepiece を実行してください。
graph TD
A["開始"] --> B["1. AIモデルを準備
(pipeline機能で対話モデルをロード)"];
B --> C["2. プロンプトを作成
(ユーザーの質問をAIへの指示形式に整形)"];
C --> D["3. 回答を生成
(プロンプトと各種パラメータをAIモデルに渡す)"];
D --> E["4. 結果を表示
(生成された回答テキストを抽出して出力)"];
E --> F["終了"];
# ■ 1. ライブラリの準備
# --------------------------------------------------------------------------
# Hugging Face社のtransformersライブラリから、"pipeline"という便利な機能を呼び出します。
# pipeline(パイプライン)は、AIモデルを使った複雑な処理(今回は文章生成)を、
# まるで水道の蛇口をひねるように、簡単な数行のコードで実行できるようにしてくれる仕組みです。
from transformers import pipeline
# PyTorchは、AIやディープラーニングの計算を行うための専門ライブラリです。
# 今回使用するAIモデルを動かすために必要となります。
import torch
# ■ 2. AIチャットボット(パイプライン)の準備
# --------------------------------------------------------------------------
# pipelineを使って、対話AIの準備をします。
chatbot = pipeline(
# task="text-generation" は、「これから文章を生成するAIを使います」という宣言です。
"text-generation",
# model="cyberagent/open-calm-1b" で、使用するAIモデルの種類を指定します。
# これはサイバーエージェント社が公開している、日本語の対話が得意なモデルです。
# "1b"は10億パラメータを意味し、比較的小規模で動かしやすいモデルの一つです。
model="cyberagent/open-calm-1b",
# torch_dtype=torch.float16 は、モデルを動かす際の計算精度を少し落とす設定です。
# これにより、PCのメモリ使用量を半分に減らし、処理速度を向上させる効果があります。
torch_dtype=torch.float16,
# device_map="auto" は、もし高性能なGPU(画像処理装置)がPCにあればGPUを、
# なければCPU(中央演算処理装置)を、自動的に選択してAIを動かすための設定です。
device_map="auto"
)
# ■ 3. AIへの指示(プロンプト)の作成
# --------------------------------------------------------------------------
# AIに投げかける質問(ユーザーからの入力)を文字列として定義します。
question = "高血圧の治療で使われるカルシウム拮抗薬について、注意点を教えてください。"
# AIが「これからアシスタントとして回答を生成すれば良い」と理解できるように、
# "お作法"に則った形式で指示書(プロンプト)を作成します。
# 「USER: (質問内容)\nASSISTANT: 」という形式にすることで、AIは対話の文脈を認識し、
# ASSISTANT(アシスタント)の役割として、自然な回答を生成し始めます。
prompt = f"USER: {question}\nASSISTANT: "
# ■ 4. AIによる回答の生成
# --------------------------------------------------------------------------
# 準備したパイプライン(chatbot)を使って、指示書(prompt)に対する回答を生成します。
response = chatbot(
prompt,
# max_new_tokensは、AIが新しく生成する文章の最大長を単語数(トークン数)で制限します。
# ここでは最大200トークンまでとしています。
max_new_tokens=200,
# temperatureは、回答の「創造性」や「意外性」を調整するパラメータです。
# 0に近いほど、毎回同じような決まった回答になりやすく、1に近いほど多様な表現になります。
temperature=0.8,
# repetition_penaltyは、同じ単語やフレーズの繰り返しを抑制するためのペナルティです。
# 1.0より大きい値を設定すると、繰り返しが減り、より自然な文章になります。
repetition_penalty=1.1,
# return_full_text=False は、AIが生成した回答部分「だけ」を返してもらうための便利な設定です。
# これがないと、元のプロンプト(USER: ... ASSISTANT:)も一緒にくっついてきてしまいます。
return_full_text=False
)
# ■ 5. 結果の表示
# --------------------------------------------------------------------------
# f-string(f"...")を使って、整形された文字列を出力します。
print(f"【ユーザーの質問】\n{question}")
# print関数で区切り線を表示します。
print("-" * 30)
# パイプラインの出力はリスト形式 [ { 'generated_text': '...' } ] で返ってきます。
# そのため、リストの最初の要素[0]の中にある'generated_text'というキーを指定して、
# AIが生成した回答テキスト本体を取り出しています。
print(f"【AIチャットボットの回答】\n{response[0]['generated_text']}")
【ユーザーの質問】
高血圧の治療で使われるカルシウム拮抗薬について、注意点を教えてください。
------------------------------
【AIチャットボットの回答(例)】
カルシウム拮抗薬は高血圧治療に有効ですが、めまいやむくみ、歯ぐきの腫れなどの副作用があり、特に高齢者では立ちくらみに注意が必要です。
(ここでの説明は一般的な情報であり、正確な内容は添付文書や医師・薬剤師にご相談ください)
このコードは、LLMを使ったチャットボットの最も基本的な形を示しています。しかし、医療という機微な領域で安全に運用するには、次に紹介する「プロンプトエンジニアリング」が不可欠です。
AIの応答を操る「魔法のパラメータ」
上記のコードで使われている temperature のようなパラメータは、AIの応答を微調整するための、いわば「魔法のツマミ」です。代表的なものをいくつかご紹介します。
| パラメータ | 意味 | 直感的なイメージ |
|---|---|---|
max_new_tokens | 生成する文章の最大長 | AIに「最大でもこの文字数までで話すのをやめてね」と上限を教える。 |
temperature | 応答の「多様性」を制御 | AIの「創造性のツマミ」。値を高くするほど自由で意外な言葉を選び、低くすると最も一般的で安全な言葉を選ぶ。 |
repetition_penalty | 同じフレーズの繰り返しを抑制 | AIが「えーっと、つまり、その…」のように同じことを繰り返す「口癖」が出ないようにする。 |
これらのパラメータを調整することで、AIの応答をより目的に沿ったものに近づけることができます。
見ての通り、AIは質問に答えてはくれましたが、その口調は少し無機質で、医療情報として最も重要な「安全性」への配慮もありません。では、どうすればこの「素の状態のLLM」を、安全で、共感的で、信頼できる医療アシスタントへと「教育」できるのでしょうか。
その鍵を握るのが、次のテーマであるプロンプトエンジニアリングなのです。
8.2 プロンプトエンジニアリングによる、安全で共感性の高い対話の実現
さて、前のセクションで試したように、素の状態のLLMに質問を投げかけると、それらしい答えは返ってきます。しかし、その答えはどこか無機質で、「カルシウム拮抗薬は、高血圧の治療に用いられる降圧薬の一種です」といった事実を述べるだけで、医療情報として最も重要な「安全性」や「患者さんへの配慮」が欠けていました。
LLMは、インターネット上の膨大なテキストから学習した、まさに博識な存在です。しかし、それは同時に、「自分が何者で、何をしてはいけなくて、どんな口調で話すべきか」という、人格や倫理観、TPOをわきまえる能力を持っていないことを意味します。
では、どうすればこの「素の状態のLLM」を、私たちが望むような、安全で、共感的で、信頼できる医療アシスタントへと「教育」できるのでしょうか。その鍵を握るのが、プロンプトエンジニアリングです。
プロンプトエンジニアリングとは? AIへの「指示書」を作成する技術
プロンプトエンジニアリングとは、LLMに対する「指示文(プロンプト)」を戦略的に設計することで、その挙動を精密にコントロールする技術です。LLMの基本動作は、突き詰めれば「次に来る単語を予測すること」の繰り返しに過ぎません。優れたプロンプトは、この予測の連鎖を、私たちが望む方向へと巧みに誘導する「導きの糸」の役割を果たします。
直感的なイメージ:
この関係は、指導医と、知識は豊富でも臨床経験はゼロの初期研修医との関係によく似ています。私たちが研修医にいきなり「はい、この患者さんの対応よろしく」とは言いませんよね。まずは、以下のような丁寧なオリエンテーションを行うはずです。
「君は今日から、患者さんに検査説明をするアシスタントです。診断や治療方針には絶対に言及しないこと。難しい専門用語は使わず、患者さんの不安に寄り添うように、優しく話してください。まずは私がお手本を見せるから、真似てみて。」
これと全く同じことを、AIに対して「言葉(テキスト)」で行うのが、プロンプトエンジニアリングなのです。
安全な医療対話を実現するための主要テクニック
上記の基本構造を元に、医療分野で特に重要となるプロンプト技術をいくつかご紹介します。
| 指導テクニック | 解説 | プロンプトの具体例 |
|---|---|---|
| 役割設定 (Role-Playing) | AIに特定の役割を演じさせる。これにより、応答のスタイルや知識の範囲が一貫する。 | 「あなたは、患者さんの質問に優しく寄り添う医療情報アシスタントです。あなたは医師ではありません。」 |
| 制約条件 (Constraints) | AIの行動に厳格な「禁止事項」を設ける。医療AIにおける安全性の要。 | 「絶対に診断や治療の提案をしてはいけません。医学的な判断が必要な場合は、必ず『専門の医師にご相談ください』と伝えてください。」 |
| 口調の指定 (Tone Setting) | AIの話し方を具体的に指示する。共感性や信頼感の醸成に不可欠。 | 「専門用語は避け、誰にでも分かる平易な言葉で、丁寧かつ共感的に話してください。患者さんの不安を和らげることを第一に考えてください。」 |
| 具体例の提示 (Few-shot) | 望ましい質疑応答の例をいくつか示すことで、AIの応答スタイルを具体的に学習させる。 | 「例1:(質問)『頭が痛いのですが』→(回答)『頭痛には様々な原因が考えられますので、一度お医者さんに診てもらうのが安心ですね』」 |
| 思考プロセスの誘導 (Chain of Thought) | 最終的な回答を出す前に、AIに「ステップ・バイ・ステップで考えなさい」と指示する。複雑な質問に対して、より論理的で正確な回答を導きやすくなる。 | 「まず、質問の意図を分析し、次に関連する一般情報をリストアップし、最後にそれらをまとめて平易な言葉で回答を作成してください。」 |
これらのテクニックを組み合わせることで、AIの「人格」「役割」「行動範囲」をプロンプトで厳密に定義し、初めて医療の現場で安全に使える対話システムを構築できるのです。
プロンプトエンジニアリングは、単なる裏技ではなく、AIと協働するための必須スキルと言えるでしょう。それは、AIというパワフルなツールを、私たちの価値観や倫理観に沿って、責任ある形で社会実装していくための、極めて重要な作法なのです。
8.3 音声認識(STT)・音声合成(TTS)による診察記録の自動化
これまでのセクションでは、主にキーボードで文字を打ち込む、テキストベースでのAIとの対話を見てきました。プロンプトを工夫すれば、AIを安全な医療情報アシスタントに「教育」できることも分かりました。しかし、私たちの臨床現場でのコミュニケーションは、キーボードを打つことよりも、むしろ「声」を発することの方がずっと多いですよね。
診察室での問診、患者さんへの説明、あるいはスタッフ間の情報共有。これら全てが音声で行われます。もし、AIがこの「声」を直接理解し、さらには「声」で応答できるようになったとしたら、AIとの連携はもっと自然で、私たちの日常業務にシームレスに溶け込むものになるはずです。
このセクションでは、対話型AIに「耳」と「口」を与える技術、音声認識(STT)と音声合成(TTS)について探ります。
AIの「耳」と「口」:STTとTTSの役割
まず、この2つの技術の役割をはっきりとさせておきましょう。
- STT (Speech-to-Text / 音声認識): 人間の話し言葉を、リアルタイムでテキストデータに変換する技術です。これがAIの「耳」の役割を果たします。実はこの技術の裏側は、第7回で学んだ音響解析と似ています。音声という波形データを、音素や単語といった単位に分解し、最も可能性の高いテキストに変換していくのです。ここでも、Transformerのような高度なAIモデルが活躍しています。
- TTS (Text-to-Speech / 音声合成): テキストデータを、人間が聞き取れる自然な音声に変換する技術です。これがAIの「口」の役割です。近年のTTSは非常に進化しており、単に文字を読み上げるだけでなく、文脈に応じた抑揚や「間」を表現できるため、より人間らしい温かみのある音声案内なども可能になっています。
最大の応用例:アンビエントAIによる診察記録の自動化
このSTTと、前セクションまでで見てきたLLMの言語理解能力を組み合わせることで、今、医療界で最も注目されている応用例の一つ、アンビエントAI電子カルテ(Ambient AI Scribe)が実現します。
「アンビエント(Ambient)」とは「環境」や「周囲」といった意味で、まるで診察室の空気のように、AIがその場の状況を自然に理解し、私たちの仕事を支援してくれる、というコンセプトです。
私自身、外来業務が終わった後に、山のようなカルテ入力に追われる経験が何度もあります。患者さんとの対話に集中したいのに、頭の片隅では「後でカルテにこれを書かないと」と考えてしまっている。そんなジレンマから、私たちを解放してくれるかもしれないのが、この技術です。
この仕組みが実現すれば、医師はカルテ入力という事務作業から解放され、患者さんに向き合う時間を取り戻すことができます。これは、単なる業務効率化を超えて、医療の質そのものを向上させる、まさにゲームチェンジャーと言えるでしょう。
音声案内の自動化とアクセシビリティ向上
もう一つの重要な応用が、TTS(音声合成)を活用した患者さんへの情報提供です。
例えば、退院後の患者さんへの服薬指導を考えてみましょう。複雑な説明を口頭で行った後、その要点をまとめたテキストをAIが生成し、TTSを使って「こんにちは、〇〇病院のAIアシスタントです。本日お渡ししたお薬について、大切な点を3つ、音声でご案内します」と、指定した時間に自動で電話をかける。
このような応用は、特に高齢の患者さんや、視覚に障がいを持つ方、あるいは多くの情報を一度に記憶するのが難しい方々にとって、治療のコンプライアンスと安全性を高める上で非常に有効だと考えられます。AIの「声」が、医療者と患者さんをつなぐ、新しいコミュニケーションのチャネルになるのです。
8.4 患者エンゲージメントを高めるデジタルヘルスへの応用
さて、これまでチャットボットの作り方(8.1)、プロンプトによる教育(8.2)、そして声を与える方法(8.3)を見てきました。これらは全て、強力な「部品」です。この最終セクションでは、これらの部品を組み合わせて、一体何という「完成品」を作り上げることができるのか、その最も大きな可能性の一つである「患者エンゲージメント」の向上について考えていきます。
「患者エンゲージメント」とは、患者さんが自身の状態や治療について深く理解し、主体的に意思決定や行動に関わっていくことです。特に、治療の主戦場が病院の中から患者さんの日常生活へと移りつつある現代の慢性疾患管理において、このエンゲージメントの重要性はいくら強調してもしすぎることはない、と私は感じています。
対話型AIは、この患者エンゲージメントを、かつてないレベルにまで高める可能性を秘めた、まさにゲームチェンジャーです。
AIが支える、新しい「ペイシェント・ジャーニー」
AIは、患者さんが病院のドアを出た後も、その治療の旅路(ペイシェント・ジャーニー)に寄り添い、支え続けることができます。それは、以下のような継続的な対話のサイクルとしてイメージできるかもしれません。
このサイクルを実現する具体的な応用例を見ていきましょう。
- 服薬支援・副作用モニタリング: AIチャットボットが、まるで気さくな健康コーチのように、「〇〇さん、おはようございます。朝のお薬のお時間ですよ」とリマインドしたり、「新しいお薬を始めて1週間ですが、何か変わったことはありませんか?」と副作用のモニタリングを行ったりします。これにより、服薬アドヒアランスの向上や、副作用の早期発見に繋がります。
- 退院後フォローアップ: 退院した心不全の患者さんに対し、週に一度、AIアシスタントが電話をかけ(TTS)、「最近、息切れや足のむくみはいかがですか?」とヒアリング。患者さんの応答(STT)から「息切れが少し増えた」といったキーワードを検知した場合、その内容を要約して訪問看護師や医師に通知します。
- メンタルヘルスサポート: 治療が長期にわたる患者さんは、時に孤独感や不安を抱えることがあります。人間相手には話しにくい悩みでも、AIチャットボット相手なら素直に打ち明けられる、というケースは少なくありません。AIが「そうだったのですね、大変でしたね」と、まずは批判することなく話を聴く(傾聴する)だけで、患者さんの心理的な負担を和らげる一助となる可能性があります。
患者を「客体」から「主体」へ
これらの応用が示すのは、AIが単に便利なツールであるに留まらない、もっと大きなパラダイムシフトです。
AIが提供する正確な情報と継続的なサポートによって、患者さんは自身の状態をより深く理解し、治療のプロセスにおける「客体」から、自らの健康をマネジメントする「主体」へと変わっていきます。AIは、そのエンパワーメントを加速させる、強力な触媒となるのです。
もちろん、AIが医療者と患者さんの間の人間的な信頼関係に取って代わることはありません。むしろ、AIは両者のコミュニケーションの「隙間」を埋め、治療のプロセスが病院の外でも途切れることなく継続するよう、下支えする役割を担います。
AIが医療者と患者さんの間の「言葉」と「時間」の架け橋となることで、医療はもっとパーソナルで、もっと温かいものになれる。私は、そう信じています。
まとめ:AIは、医療における「対話の量と質」を高める
今回は、対話型AIを用いて、患者コミュニケーションをどのように支援できるか、その全体像をご紹介しました。
- チャットボットの構築: LLMを用いて、情報提供や問診を補助する。
- プロンプトエンジニアリング: AIの挙動を制御し、安全で共感的な対話を実現する。
- 音声技術の統合: STT/TTSを用いて、診察記録の自動化や音声案内を可能にする。
- 患者エンゲージメントの向上: デジタルヘルスに応用し、継続的な治療参加を促す。
対話型AIは、決して人間同士の温かいコミュニケーションに取って代わるものではありません。むしろ、AIに任せられる部分を賢く任せることで、私たち人間が、患者さんの目を見て、その声に深く耳を傾け、心に寄り添うという、本来最も大切にすべき時間をもっと確保できるようになる、AIによって医療は再び『仁術』になる。私は、対話型AIの真の価値は、そこにあると考えています。
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- 本サイト運営者は、利用者が本サイトを利用したこと、または利用できなかったことによって生じる一切の損害(直接損害、間接損害、付随的損害、特別損害、懲罰的損害、逸失利益、データの消失、プログラムの毀損等を含みますが、これらに限定されません)について、その原因の如何を問わず、一切の法的責任を負わないものとします。
- 本サイトの利用は、学習および研究目的に限定されるものとし、それ以外の目的での利用はご遠慮ください。
- 本サイトの利用に関連して、利用者と第三者との間で紛争が生じた場合、利用者は自らの費用と責任においてこれを解決するものとし、本サイト運営者に一切の迷惑または損害を与えないものとします。
- 本サイト運営者は、いつでも予告なく本サイトの運営を中断、中止、または内容を変更できるものとし、これによって利用者に生じたいかなる損害についても責任を負いません。
第10条(規約の変更)
本サイト運営者は、必要と判断した場合、利用者の承諾を得ることなく、いつでも本規約を変更することができます。変更後の規約は、本サイト上に掲載された時点で効力を生じるものとし、利用者は変更後の規約に拘束されるものとします。
第11条(準拠法および合意管轄)
本規約の解釈にあたっては、日本法を準拠法とします。本サイトの利用および本規約に関連して生じる一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。
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