はじめに:「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざと、ニューラルネットワーク
みなさんは「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざを耳にしたことがあるでしょう。これは、ある事象(原因)の発生が、一見無関係に思われる別の事象(結果)につながる、という意味のたとえです。
実は、この一連の連鎖は、深層学習(ディープラーニング)や生成系AIで使われるニューラルネットワークの「考え方」にも通じる部分があります。ニューラルネットワークは膨大なデータから学習することで、入力(原因)と出力(結果)のつながりを“パラメーター(重み)”として内部に蓄積します。そのおかげでAIは、新たな入力(例えば患者情報など)から、より正確に結果(診断や最適な治療法)を予測したり、文章や画像を生成したりできるのです。
桶屋のことわざの例で言うと、「風」というインプットの情報から「桶屋が儲かる」確率を、学習したニューラルネットワークが出力するようなものをイメージするとわかりやすいでしょうか。
今回のテーマは、「なぜニューラルネットワークは、このような複雑な因果(あるいは相関)関係を学習できるのか」「その技術的なカギとなる手法とは何か」という点です。ここでは、AIがどのように学習できるのかを見ていきましょう。
ひとつのニューロンから考える
まずは、よりシンプルな「ひとつのニューロン」の場合からスタートしましょう。

医学研究でよく使われるロジスティック回帰は、実は人工ニューロン(シグモイド関数を使った単層パーセプトロン)に非常によく似ています(過去記事参照)。ロジスティック回帰は、入力(例:年齢、性別、喫煙習慣など)と、ある出力(例:心血管疾患の有無)の関係を数式で表し、目的変数(出力)を確率として推定する手法です。
- 入力(X): 年齢、性別、喫煙や飲酒の有無などの危険因子
- 出力(Y): 心血管疾患に罹患する確率
このとき、ロジスティック回帰で推定する係数(重み)は、「どの入力が、どのくらい心血管疾患に影響を与えるか」を示します。たとえば、喫煙が疾患に強く関わっている場合は、その係数が大きくなるといった具合です。

係数(重み)の学習:最尤推定法
では、この係数(重み)はどのように決まるのでしょうか。
ロジスティック回帰では、通常最尤推定法を用いて「実際に観測されたデータを最も自然に説明できる」係数を探します。コンピューターがさまざまな係数を試し、「データにもっともフィットする」値を計算によって推定していくわけです(実際のアルゴリズムとしては勾配降下法などが使われることが多い)。

複数のニューロンが組み合わさった「ニューラルネットワーク」
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な複雑さ
単一のニューロン(ロジスティック回帰)でも、入力と出力の単純かつ直接的な関連性は学習可能です。しかし、実社会では「風が吹けば桶屋が儲かる」のことわざのように、原因から結果に至るまでには多段階の要因が絡み合います。
例として、このことわざでいわれるプロセスは以下のように整理されています(Wikipediaより):
- 大風が吹き、土埃が舞い上がって眼病が増える。
- 視力を失った人が三味線弾きになるなど、三味線の需要が増える。
- 三味線製造に使われる猫が減り、猫の天敵が減ったことでネズミが増える。
- ネズミが桶をかじり、人々は桶を買い替える ⇒ 桶屋が儲かる!

一見、「風」と「桶屋の売上」は全く関係なさそうですが、複数の段階的要因をたどると結果的につながることがわかります。こうした多段階かつ複雑な相関を(厳密には因果関係と呼べるかどうかは別として)データから解き明かすのは、直感的にも難しそうですよね。

ニューラルネットワークの学習の難しさ
現代のAIでは、こうした多段階のプロセスを「多層構造」としてモデル化します。しかし、ニューラルネットワークの層数が増える(深くなる)ほど学習すべきパラメーター(重み)の数は爆発的に増大します。また、各パラメーターをわずかに変更するだけでも、ネットワーク全体の出力が大きく変化しうるため、学習(最適化)は非常に繊細な作業になります。

このような複雑さを乗り越えるために必要なのが、「出力(結果)を見ながら少しずつパラメーターを調整する」という高度な最適化手法です。
深層学習を支える技術:誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)
誤差からさかのぼり、重みを更新する仕組み
今のAIの発展を可能にした技術として、最も重要なものの一つに「誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)」があります。

これは、非常に多くの「正解データ」を使って、
- 順方向にデータを通し、予測値を得る
- 予測値と正解データ(ラベル)との誤差を計算する
- 出力層から逆方向に、この誤差の影響度を各層に伝える
- パラメーター(重み)を「誤差が小さくなるように」少しずつ修正する
- 膨大なデータに対して1~4を繰り返す
というステップで学習を行う方法です。これにより複雑なニューラルネットワークでも、入力と出力の“最適なつながり”に対応する重みを徐々に求められるようになります。すなわち、複数の事象が絡み合った関係を、ニューラルネットワークのニューロンやシナプス同士のつながりの強さである「重み(パラメーター)」という数値で表し、それを学習できるようになるのです。
「桶屋が儲かる」までの因果関係を“逆算”する
「風が吹けば桶屋が儲かる」の例に当てはめると、以下のように理解できます。
- 最終的な結果: 桶屋の売上が上がった
- 誤差逆伝播: 「その結果を正しく予測するには、どの原因の影響が強いか」を逆向きに(桶屋 → ネズミ → 猫 → 三味線 → 風 …)たどりながら重みを調整
- 重みの更新: 各要因が結果に与える寄与度を数値化し、誤差が小さくなるように最適化
こうして、最終的な結果(桶の売上)からスタートし、「何がどれくらい影響しているか」を逆算できる仕組みが、ニューラルネットワークの学習の鍵なのです。

まとめ:AIの学習プロセスと「バックキャスティング思考」
誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)は、ディープラーニング(深層学習)を技術的に支える中心的なアイデアです。多層のネットワーク構造でも、出力の誤差を端から順に逆方向に伝えて修正することで、精度の高く情報を保存したニューラルネットワークを作ることができ、非常に高い精度の予測や生成が可能になりました。最終的なゴール(正解)を明確にし、そのゴールとの差(誤差)を少しずつ埋めていくからこそ、全体の最適化が進むわけです。
これは私たちが「人生の目標を決めて、そこから逆算して計画を立てる」というバックキャスティング思考にも通じます。(こじつけです!)
これからも、AIを理解するうえで必要な技術や理論を学ぶ!、そしてAIを自ら作る!という目標から、バックキャスティングの視点で解説していきますので、どうぞよろしくお願いします!
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