Eli LillyがInsilicoと最大27.5億ドルの提携へ。AI創薬は、いよいよ「お試し」ではなくなってきた

2026年3月29日、Insilico Medicine は Eli Lilly and Company との大型提携を発表しました。Insilico が受け取るアップフロントは 1.15 億ドル。開発や承認、販売まで進んだ場合のマイルストーンを含めると、契約総額は約 27.5 億ドルになります。数字の大きさもさることながら、今回のポイントは、単に AI ツールを使う契約ではないところにあります。

Lilly が手に入れるのは、前臨床段階にある経口治療薬のポートフォリオに対する全世界の独占ライセンスです。それに加えて、Lilly が選んだ標的について、両社で複数の研究開発プログラムも動かしていきます。AI を使って研究を効率化する、というより、AI から出てきた創薬の種そのものを押さえにいった形です。

目次

AI創薬を「便利な道具」で終わらせない契約になった

AI創薬の話はここ数年ずっとありましたが、どこか「面白いけれど、本当にそこまで行くのか」という空気も残っていました。今回の契約は、その空気を少し変えています。Lilly は前臨床の資産と研究ラインに対して、かなり重い条件を出しました。これは、AI創薬を周辺的な実験ではなく、事業開発の対象として見始めているからこそできる判断です。

もっとも、公開されている範囲は意外と限られています。どの疾患領域を狙うのか、対象プログラムが何本なのか、具体的にどの化合物が含まれるのかまでは出ていません。このあたりはまだ見えません。だからこそ、いま注目すべきなのは病名よりも契約の構造です。前臨床資産のライセンスと共同研究がセットになり、アップフロントも大きい。この組み合わせに Lilly の温度感がよく出ています。

両社の関係は、前から少しずつ深くなっていた

今回の提携は、いきなり始まったものではありません。両社は 2023 年からソフトウェア利用の関係があり、2025 年 11 月には research and licensing collaboration も公表しています。そのときの条件は “over $100 million” でした。

今回の 27.5 億ドルという数字だけを切り取るとかなり派手ですが、流れとしてはむしろ自然です。まず AI を使ってみる。次に共同研究へ進む。そこで感触がよければ、今度は前臨床資産と研究ラインごと大きく取りにいく。大きな製薬会社の動きとしては、かなり筋の通った進み方に見えます。

企業の提携は、いきなり全力投球にならないことがほとんどです。少し付き合って、使ってみて、価値があるとわかったら枠を広げる。製薬でもその基本はあまり変わりません。今回の案件も、その延長線上に置くとわかりやすくなります。

Rentosertib が示したのは、少なくとも机上の空論ではないということ

Lilly がここまで踏み込めた背景として、Insilico が「AIで分子を作れます」と言うだけの会社ではなくなってきたことがあります。その代表例が Rentosertib です。特発性肺線維症を対象にしたフェーズ 2a 試験では、71 人に 12 週間投与した結果が Nature Medicine に掲載されました。主要評価項目は安全性でしたが、60mg 1日1回群では FVC が +98.4 mL、プラセボ群では -20.3 mL でした。

もちろん、これで勝負がついたわけではありません。治療関連の有害事象はプラセボ群より多く、肝機能まわりで中止になった例もありました。論文の書き方も、効き目が完全に確立したというより、良い方向のシグナルが見えた、という温度です。この距離感は大事です。

それでも、AI創薬が長く抱えてきた「話は派手でも、臨床に入ると急に静かになる」という弱さを考えると、Rentosertib の意味は小さくありません。まだ途中ではあっても、少なくとも机の上のデモだけではないところまで来ています。ホームランではないとしても、打球はきちんと前に飛んでいる。その事実は、今回の提携を見るうえでも効いてきます。

Lillyの社内でも、AIにかなり大きなお金が入っている

もうひとつ見ておきたいのが、Lilly 自身の動きです。2026 年 1 月 12 日、Lilly と NVIDIA は co-innovation lab を立ち上げ、今後 5 年で人材やインフラ、計算資源に最大 10 億ドルを投じる計画を公表しました。さらに 2 月 26 日には、NVIDIA が Lilly の AI factory LillyPod の稼働を発表しています。1,016 基の Blackwell Ultra GPU を載せた DGX SuperPOD で、タンパク質モデルや低分子モデル、ゲノム系の基盤モデルを回す想定です。

つまり Lilly は、外から AI創薬の資産を取りにいく一方で、中でも計算基盤をかなり増やしています。外部提携だけでもなく、完全な内製でもない。その両方を同時に進めているわけです。良い種は外からも拾うし、育てる畑は自分でも広げる。創薬でそれをやるにはかなりお金がかかりますが、Lilly はそこにしっかり張ってきています。

まだ見えていない部分もある。それでも流れは変わってきた

今回のニュースを見て、「AIがついに創薬を完全に変えた」とまで言うのは、まだ早いです。対象疾患は伏せられていますし、候補薬の中身も見えていません。Rentosertib も、この先の試験を見ないと何とも言えないところがあります。

ただ、それでも流れはかなり変わってきました。AI創薬は、面白い研究テーマやデモとして語られる段階から、メガファーマが大きなお金を出してパイプラインを取りにいく段階へ進んでいます。今回の提携は、その変化がかなり見えやすい形で表れた案件です。

AI が魔法になったわけではありません。ただ、便利な補助輪でもなくなってきました。事業の真ん中で値段がつき、契約が組まれ、パイプラインの一部として扱われ始めている。その意味では、AI創薬はもう「試してみる技術」ではなく、「どう組み込むかを考える技術」になりつつあります。

参考文献

  • Insilico Medicine (2026) Insilico Medicine Announces Global R&D Collaboration with Lilly.
  • Insilico Medicine (2026) Insilico Medicine Announces 2025 Annual Results, Redefining Value Delivery in AI-Powered Drug Discovery.
  • Insilico Medicine (2025) Insilico and Lilly enter a research and licensing collaboration to advance AI-driven drug discovery.
  • Nature Medicine (2025) A generative AI-discovered TNIK inhibitor for idiopathic pulmonary fibrosis: a randomized phase 2a trial.
  • NVIDIA Newsroom (2026) NVIDIA and Lilly Announce Co-Innovation AI Lab to Reinvent Drug Discovery in the Age of AI.
  • NVIDIA (2026) Now Live: The World’s Most Powerful AI Factory for Pharmaceutical Discovery and Development.

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この記事を書いた人

AI医師科学者芸人・医学博士・連続起業家・元厚生労働省医系技官
ハーバード大学理学修士・ケンブリッジ大学MBA・コロンビア大学行政修士
岡山大学医学部卒業後、内科・地域医療に従事。厚生労働省で複数室長(医療情報・救急災害・国際展開等)を歴任し、内閣官房・内閣府・文部科学省でも医療政策に携わる。
退官後は、日本大手IT企業や英国VCで新規事業開発・投資を担当し、複数の医療スタートアップを創業。現在は医療AI・デジタル医療機器の開発に取り組むとともに、東京都港区で内科クリニックを開業。
複数大学で教授として教育・研究活動に従事し、医療者向けAIラボ「Medical AI Nexus」、医療メディア「The Health Choice | 健康の選択」、美・医・食ポータル「Food Connoisseur」を主宰。
ケンブリッジ大学Associate・社会医学系指導医・専門医・The Royal Society of Medicine Fellow

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