脂質異常症の食事を再考する:コレステロール管理は「減らす」から「賢く選ぶ」時代へ

「健康診断で、コレステロール値の高さを指摘された」
「脂質異常症と診断されたが、具体的に何から手をつければ良いのかわからない」

多忙な日々を送る中で、このような通知を受け取り、漠然とした不安を抱えている方は少なくないでしょう。脂質異常症は、自覚症状がないまま静かに進行し、私たちの健康という最も重要な資本を蝕む可能性がある「沈黙の脅威」です。

こんにちは。医師・医学博士、そしてAIやデータサイエンスを専門とする髙﨑洋介です。医療の現場、そしてデータ分析の最前線から見て、多くの人が脂質異常症の食事療法に対して「あれもダメ、これもダメ」という引き算のイメージ、つまり「我慢の連続」と捉えてしまっている現状に課題を感じています。

しかし、現代の科学が示すアプローチは、それとは少し異なります。それは、単に脂質を「減らす」のではなく、その「質」を見極め、「賢く選ぶ」という、より戦略的で主体的なアプローチです。

この記事では、自らの健康のCEOとして最高のコンディションを維持したいと願うあなたのために、科学的根拠(エビデンス)に基づき、脂質異常症に対する食事戦略の最新の考え方をご紹介します。本質を理解することで、日々の食事が「制限」から「未来への投資」へと変わる、その知的探究の旅を始めましょう。

目次

そもそも、なぜ脂質異常症は「沈黙の脅威」なのか?

対策を講じる前に、まずは私たちが向き合うべき課題の本質を理解することが不可欠です。脂質異常症とは、血液中に含まれる脂質、具体的にはコレステロールや中性脂肪の値が基準から外れた状態を指します。

LDL、HDL、中性脂肪:それぞれの役割とバランスの重要性

血液中の脂質は、企業の財務諸表に例えることができます。

LDLコレステロール(悪玉): 全身の細胞にコレステロールを運ぶ役割を担いますが、過剰になると血管の壁に蓄積し、動脈硬化の主要な原因となります。これは、事業に必要ながらも増えすぎると経営を圧迫する「負債」のような存在です。

HDLコレステロール(善玉): 余分なコレステロールを回収し、肝臓へ戻す働きがあります。血管をきれいに保つことから、企業の健全性を示す「自己資本」に例えられるでしょう。

中性脂肪(トリグリセリド): 体のエネルギー源として貯蔵されますが、これもまた過剰になると体脂肪として蓄積され、動脈硬化のリスクを高めることが示唆されています。これは、将来のための「在庫」ですが、過剰在庫は経営リスクとなるのと同じです。

問題なのは、これらの数値が基準を外れても、ほとんどの場合、自覚症状が現れないことです。日本動脈硬化学会が発行する『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』では、これらの脂質管理目標値が詳細に定められており、リスクに応じた管理の重要性が強調されています (Teramoto et al., 2022)。

LDL、HDL、中性脂肪:役割とバランス 血液中の脂質を企業の財務諸表に例えると 📉 LDL (悪玉) コレステロール 企業の「負債」 全身の細胞にコレステロールを 運ぶ役割を担います。 【リスク】 過剰になると血管壁に蓄積し、 動脈硬化の主な原因となります。 HDL (善玉) コレステロール 企業の「自己資本」 余分なコレステロールを回収し、 肝臓へ戻す働きがあります。 【役割】 血管をきれいに保つことで、 動脈硬化を予防します。 📦 中性脂肪 (トリグリセリド) 企業の「在庫」 体のエネルギー源として 貯蔵されます。 【リスク】 過剰分は体脂肪として蓄積され、 動脈硬化リスクを高めます。 💡 自覚症状なきリスク これらの数値が基準を外れても自覚症状はほとんど現れません。 そのため、定期的な検査とガイドラインに基づいた管理が重要です。

自覚症状なき進行:動脈硬化という静かなるリスク

脂質異常症が「沈黙の脅威」である最大の理由は、その先に待つ動脈硬化にあります。過剰なLDLコレステロールなどが血管の壁を傷つけ、そこにプラークと呼ばれる塊を形成することで、血管は弾力性を失い、内径が狭くなっていきます。

このプロセスは数年から数十年かけてゆっくりと進行し、ある日突然、心筋梗塞や脳梗塞といった深刻な事態を引き起こす可能性があります。これは、気づかぬうちに進行する構造的な欠陥が、ある日突然システム全体の障害を引き起こすのに似ています。だからこそ、症状がないうちから、データ(血液検査値)に基づいて先手を打つ、予防的なアプローチが極めて重要なのです。

コレステロール管理のパラダイムシフト:「量」から「質」へ

かつて、脂質異常症の食事療法といえば「コレステロールを多く含む食品を避ける」ことが中心でした。しかし、近年の研究により、食事から摂取するコレステロールが血中のコレステロール値に与える影響は、これまで考えられていたよりも限定的であることがわかってきました。

食事性コレステロールについては、アメリカ心臓協会(AHA)とアメリカ心臓病学会(ACC)による2019年のガイドラインで明示的な数値制限は設けられておらず、代わりに摂取する「脂肪の質」や「全体的な食事パターン」が重視されるようになっています (Arnett et al., 2019)。これは、食事戦略における大きなパラダイムシフトと言えるでしょう。

コレステロール管理のパラダイムシフト 食事戦略は「量」から「質」へ かつての考え方 🚫🥚 コレステロール摂取量の制限 ➡️ 現在の考え方 🫒🐟 摂取する脂肪の「質」を重視 📉 飽和脂肪酸 企業の「負債」 【影響】 過剰摂取は血中の LDLコレステロールを増加させます。 【主な食品例】 🥩🧈🥛 肉の脂身 バター 生クリーム 不飽和脂肪酸 企業の「優良資産」 【影響】 LDLコレステロールを低下させ、 動脈硬化を抑制する効果が期待できます。 【主な食品例】 🫒🥑🐟 オリーブ油 アボカド 青魚 🚫 トランス脂肪酸 最も避けるべき「不良債権」 【影響と対策】 特に工業由来のもの(iTFA)は、 LDLを増やしHDLを減らすため 心血管リスクを増大させます。 WHOは実質的な排除を推奨しています。 【特に注意が必要な食品】 🍩🍟🥨 菓子パン 揚げ物 マーガリン

飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸:企業の「資産」と「負債」

重要なのは、コレステロールそのものではなく、食品に含まれる「脂肪酸の種類」です。

飽和脂肪酸: 主に肉の脂身、バター、ラード、生クリームなどに多く含まれます。過剰摂取は血中のLDLコレステロールを増加させることが知られています。これは財務上の「負債」のように、蓄積するとリスクを高める可能性があります。

不飽和脂肪酸: オリーブオイル、アボカド、ナッツ類に多い一価不飽和脂肪酸や、青魚(サバ、イワシなど)や亜麻仁油に豊富な多価不飽和脂肪酸(オメガ3系、オメガ6系)などがあります。これらはLDLコレステロールを低下させたり、動脈硬化を抑制したりする効果が期待でき、健康という資本を増やす「優良資産」と考えることができます。

トランス脂肪酸:最も避けるべき「不良債権」

トランス脂肪酸には、部分水素添加油(PHO)に由来する工業的トランス脂肪酸(iTFA)と、乳製品や反すう動物の肉に少量含まれる天然由来があります。特にiTFAはLDLコレステロールを上げ、HDLコレステロールを下げることが示されており、心血管リスク増大との関連が一貫して報告されています。WHOは食品からのiTFAの実質的排除(例:総脂質100g中2g以下などの上限設定)や、総エネルギーの1%未満への摂取抑制を各国に推奨しています。日本でも多くの製品で含有量は低減されていますが、揚げ物や焼き菓子など一部加工食品では注意が必要です。 (World Health Organization, 2023)。

科学が示す、脂質マネジメントのための食事戦略

では、具体的にどのような食事を心がければ良いのでしょうか。特定の栄養素を単体で考えるのではなく、食事全体のパターン、つまり「何と何を組み合わせて食べるか」というシステム思考が鍵となります。

脂質マネジメントの食事戦略 重要なのは、個別の栄養素より食事全体の「パターン」です。 科学的エビデンスのある食事パターン例 🍇 地中海食 心血管リスクを低減 🥗 DASH食 高血圧と脂質を改善 共通の鍵:水溶性食物繊維を増やそう 🥬 海藻類 🍄 きのこ類 🌾 大麦・オーツ麦 🫘 豆類 🍠 ごぼう等

地中海食:エビデンスが裏付ける心血管疾患予防のゴールドスタンダード

数ある食事法の中で、最も科学的エビデンスが豊富なものの一つが「地中海食」です。これは、ギリシャや南イタリアなど地中海沿岸の国々の伝統的な食事スタイルです。

スペインで実施された大規模臨床試験「PREDIMED研究」において、心血管疾患のリスクが高い人々を対象とした場合、地中海食を実践したグループは、低脂肪食を指導されたグループと比較して、心筋梗塞や脳卒中といった主要な心血管イベントの発症リスクが約30%低下したと報告されました (Estruch et al., 2018)。ただし、これは特定の高リスク集団における結果であり、この数値がそのまま一般の方に当てはまるわけではない点には注意が必要です。

DASH食:高血圧と脂質異常症、両方へのアプローチ

もう一つ注目すべきは「DASH食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)」です。もともとは高血圧の予防・改善のために開発された食事法で、その後の研究で血圧降下作用は確立されています (Appel et al., 1997)。さらに、複数の研究を統合したメタアナリシスでは、LDLコレステロールや総コレステロールをわずかに低下させる可能性も示唆されるなど、血中脂質プロファイルに対しても好ましい影響を与えうることが報告されています (Siervo et al., 2015)。

食物繊維の力:水溶性食物繊維がLDLコレステロールを下げるメカニズム

これらの食事パターンに共通する要素の一つが、豊富な食物繊維です。特に、海藻、きのこ、大麦、オーツ麦、豆類、ごぼうなどに多く含まれる「水溶性食物繊維」は、消化管内でコレステロールや、その原料となる胆汁酸を吸着し、体外へ排出する働きがあると考えられています。

英国の医学雑誌『The Lancet』に掲載された、一般集団を対象とした複数の研究を統合した大規模なメタアナリシスでは、食物繊維の摂取量が多いほど、心血管疾患による死亡リスクや発症リスクが有意に低いという関連が示されています (Reynolds et al., 2019)。

主要な食事パターンの比較:あなたにとっての最適解とは?

これら代表的な食事法の特徴を理解することは、ご自身のライフスタイルに合った戦略を立てる上で役立ちます。

食事パターン主な特徴主なエビデンス(一例)
地中海食豊富な野菜、果物、全粒穀物、魚介類、ナッツ類。調理油としてエクストラバージンオリーブオイルを多用。PREDIMED研究 (Estruch et al., 2018)
DASH食豊富な野菜、果物、全粒穀物、低脂肪の乳製品。飽和脂肪酸と塩分を控える。DASH研究 (Appel et al., 1997)
一般的な低脂肪食脂質全体の摂取量を制限することに主眼を置く。各種研究で比較対照として用いられる。

今日から始める、具体的なアクションプラン

理論を理解した上で、次の一歩は実践です。完璧を目指す必要はありません。日々の選択を少しずつ変えていくことが、長期的な健康資本の構築に繋がります。

今日から始める、具体的なアクションプラン 完璧を目指さず、日々の選択を少しずつ変えていきましょう。 🫒 「良い油」を選ぶ ・調理油をオリーブオイルに ・週2〜3回、青魚を食べる ・おやつをナッツに変える 🌈 カラフルな食卓 ・様々な色の野菜や果物を ・白米に玄米やもち麦を混ぜる ・パンは全粒粉を選ぶ 🏷️ 加工食品と賢く付き合う ・栄養成分表示を確認する習慣を ・「飽和脂肪酸」の量をチェック ・トランス脂肪酸を避ける 管理は短距離走ではなく、長期的な視点で行うマラソンです。
  • 「良い油」を選ぶ意識を持つ: 炒め物やドレッシングに使う油を、エクストラバージンオリーブオイルに変えてみるのも一案です。サバやイワシなどの青魚を週に2〜3回程度取り入れることや、間食をナッツにする習慣は、複数の研究で心血管リスク低減に関連する可能性が示されています。
  • 「カラフルな食卓」を心がける: スーパーマーケットでは様々な色の野菜や果物を選んでみましょう。白米に玄米やもち麦を混ぜる、パンを全粒粉のものに変えるといった工夫は、食物繊維や栄養素を補ううえで効果的と報告されています。
  • 加工食品との賢い付き合い方: 加工食品を選ぶ際には栄養成分表示を確認しましょう。「脂質」の総量だけでなく、「飽和脂肪酸」の量や、原材料に「部分水素添加油脂」などが含まれていないかをチェックすることが、トランス脂肪酸摂取を減らす助けになります。近年は日本でも改良が進み平均摂取量は低下していますが、菓子類や揚げ物など一部では依然として注意が必要です。

脂質異常症の管理は、短期的なスプリントではなく、長期的な視点で行うマラソンです。それは、自分自身の身体という、最も価値ある資産をマネジメントするプロジェクトに他なりません。

まとめ:あなたの選択が、未来の健康をデザインする

今回は、脂質異常症に対する食事戦略について、単なる「脂質制限」という古い考え方から脱却し、脂質の「質」を選び、食事全体の「パターン」を最適化するという、現代科学に基づいたアプローチをご紹介しました。

  • 課題の本質: 脂質異常症は自覚症状なく進行し、動脈硬化を通じて深刻な疾患に繋がる「沈黙の脅威」である。
  • パラダイムシフト: 食事性コレステロールよりも、摂取する脂肪酸の「質」(飽和・不飽和・トランス脂肪酸のバランス)を考慮することが重要である。
  • 科学的戦略: 地中海食やDASH食といった、エビデンスに裏付けられた食事パターンを参考に、野菜、全粒穀物、良質な油、食物繊維を増やすことが鍵となる。

健康診断の結果は、あなたの人生の終わりを告げるものではなく、より良い未来をデザインするための羅針盤です。データに基づき現状を客観的に把握し、科学的知見という武器を手に、日々の選択を賢く行っていく。これこそが、自らの健康のCEOとして、最高のパフォーマンスを発揮し続けるための第一歩です。

あなたの食卓が、未来のあなたへの最高の投資となることを願っています。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の治療法を推奨するものではありません。健康に関するご懸念やご相談は、必ず専門の医療機関にご相談ください。

参考文献

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  • Teramoto, T., Sasaki, J., Ishibashi, S., Birou, S., Daida, H., Dohi, S., Egusa, G., Hiro, T., Iida, K., Kihara, S., Koba, S., Masuda, D., Murakami, Y., Nohara, A., Ohta, T., Ohto-Nakanishi, T., Okada, T., Okamura, T., Ouchi, Y., … Harada-Shiba, M. (2022). Executive summary of the Japan Atherosclerosis Society (JAS) Guidelines for Prevention of Atherosclerotic Cardiovascular Diseases 2022. Journal of Atherosclerosis and Thrombosis, 29(8), 1105-1149.
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この記事を書いた人

医師・医学博士・AI研究者・連続起業家
元厚生労働省幹部・ハーバード大学理学修士・ケンブリッジ大学MBA・コロンビア大学行政修士(経済)
岡山大学医学部卒業後、内科・地域医療に従事。厚生労働省で複数室長(医療情報・救急災害・国際展開等)を歴任し、内閣官房・内閣府・文部科学省でも医療政策に携わる。
退官後は、日本大手IT企業や英国VCで新規事業開発・投資を担当し、複数の医療スタートアップを創業。現在は医療AI・デジタル医療機器の開発に取り組むとともに、東京都港区で内科クリニックを開業。
複数大学で教授として教育・研究活動に従事し、医療関係者向け医療AIラボ「Medical AI Nexus」、医療メディア「The Health Choice | 健康の選択」を主宰。
ケンブリッジ大学Associate・社会医学系指導医・専門医・The Royal Society of Medicine Fellow

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