[Medical Data Science 100 : S21] リスク比、オッズ比、リスク差って何?論文の数字に騙されないための必須知識

論文の裏側を見抜く「4つのリスク指標」

臨床研究で使われるリスク指標は、同じデータでも見せ方で印象が大きく変わります。ここでは「リスク差」「リスク比」「オッズ比」「寄与危険割合」という4つの指標の個性と役割を理解し、論文を深く読み解く力を身につけましょう。

👨‍⚕️ リスク差 (RD)
臨床現場でのリアルな手応え

「結局、何人に効くの?」という問いに、引き算(R₁ – R₀)で答えます。治療必要数 (NNT) を導き出せるため、目の前の患者への治療判断に直結する最も実直な指標です。

🌟 リスク比 (RR)
発表で輝くインパクト

「リスクが何倍になった?」を、割り算(R₁ / R₀)で示します。「リスクを60%減少」のように効果を鮮烈に伝えますが、元のリスクの大きさで臨床的な意味が変わる点に注意が必要です。

🕵️ オッズ比 (OR)
過去を探る研究の相棒

「過去の要因との関連は?」を分析します。特に症例対照研究で活躍し、リスクを直接計算できない状況でも関連の強さを示します。稀な疾患ではリスク比の良い近似値となります。

🏛️ 寄与危険割合 (AR%)
社会を動かす政策提言

「その要因がなければ防げた割合は?」を可視化。喫煙と肺がんの例のように、公衆衛生政策(禁煙キャンペーン等)の根拠となり、社会全体へのインパクトを示します。

どのリスク指標を、いつ使うか?
あなたの 問いは? 👨‍⚕️ リスク差 (RD) 目の前の患者への効果は? 🌟 リスク比 (RR) 効果のインパクトは? 🕵️ オッズ比 (OR) 過去を探る研究での関連は? 🏛️ 寄与危険割合 (AR%) 社会への影響の大きさは?
目次

その数字、本当に読めていますか?論文の裏側を見抜く「リスク指標」入門

カンファレンスで新薬の臨床試験結果が紹介されているとき、あるいは医局で最新の論文を抄読会で読むとき。こんな場面を想像してみてください。

「この試験では、主要評価項目の発生リスクが、プラセボ群と比較して介入群で有意に低下し、リスク比は0.70(95%信頼区間: 0.60-0.82)でした」

こんな発表を聞いて、「なるほど、リスクが30%減ったんだな。良い薬みたいだ」と感じるかもしれません。それは間違いではありません。でも、もし隣の同僚から「先生、このリスク比0.70というのは、私たちの目の前の患者さんにとって、具体的にどれくらいの価値があるんでしょうか?」「似たような別の論文では『オッズ比0.68』と書かれていたんですが、これとはどう違うんですか?」と尋ねられたら、自信を持ってスラスラと答えられるでしょうか?

「リスク比(RR)」「オッズ比(OR)」「リスク差(RD)」。これらは、臨床研究の結論を要約するとてもパワフルな言葉です。しかし、その一つ一つが持つ個性や、使われるべき場面の違いを正確に理解しないまま、「なんとなく」で解釈してしまうのは、非常にもったいないですし、時として危険ですらあります。

なぜなら、研究結果の「見せ方」によって、薬や治療法のインパクトは全く違って見えるからです。例えば、「心筋梗塞のリスクを50%も減少させる!」という派手な見出し(相対的な効果)も、「この薬を1,000人に投与して、ようやく1人の発症を防げる」という地道な事実(絶対的な効果)も、元は同じデータから導き出されている可能性があるのです。

この違いを見抜けないと、私たちは論文の数字が持つ本当の重みを理解できず、結果として患者さんへの説明や治療法の選択において、最善の判断を下すための重要な情報を見逃してしまうかもしれません。

でも、ご安心ください。この講座は、そんな「数字の呪文」を解き明かすための冒険です。この記事を読み終える頃には、それぞれの指標がまるで個性豊かなキャラクターのように見えてきて、「君の得意技はこれだね!」「この場面では君の出番だ!」と、その役割を的確に理解できるようになっているはずです。さあ、医療データサイエンスの面白さに満ちた「リスク指標」の世界へ、一緒に旅立ちましょう!


すべての基本!情報を整理する「2×2表」という名の最強の調理台

さて、いよいよリスク指標というメインディッシュの調理に入りますが、その前にどんな名シェフでも必ず行う下ごしらえがあります。それは、材料をきちんと整理すること。疫学や臨床研究の世界では、この「最強の調理台」にあたるのが「2×2表」、専門用語では分割表 (contingency table) と呼ばれるものです。

見た目はただの4つのマスですが、これがなければ私たちは何も始めることができません。なぜなら、複雑な研究データを「比較したいグループ」と「知りたい結果」という2つの軸で完璧に整理してくれる、魔法のようなツールだからです。

言葉だけだとピンとこないかもしれませんので、具体的な研究シナリオで見ていきましょう。

【シナリオ】
新しい降圧薬Aが、従来の薬Bと比べて、心筋梗塞の発生をどれくらい抑えられるかを検証する大規模な臨床試験が行われました。2,000人の患者さんが参加し、くじ引きでランダムに2つのグループに分けられました。

  • 介入群:1,000人が新薬Aを服用
  • 対照群:1,000人が従来薬Bを服用

そして1年後、各グループで心筋梗塞が発症した人数をカウントしました。さあ、このバラバラのデータをどう料理しましょうか?ここで登場するのが、我らが2×2表です。

薬剤Aと薬剤Bの臨床試験結果の比較 💙 心筋梗塞あり ❤️ 心筋梗塞なし 合計 💊 介入群 (薬A) ⚪️ 対照群 (薬B) 合計 a = 20 b = 980 c = 50 d = 950 a + b = 1,000 c + d = 1,000 a + c = 70 b + d = 1,930 2,000

どうでしょう?この表に入れるだけで、一瞬でデータの全体像が見えてきませんか?この表の構造を少しだけ分解してみましょう。

  • 行(横の軸): ここには比較したいグループが入ります。今回は「新薬Aを飲んだグループ」と「従来薬Bを飲んだグループ」ですね。専門的には「曝露(ばくろ)因子」や「介入因子」と呼びます。
  • 列(縦の軸): こちらには私たちが知りたい結果(アウトカム)が入ります。今回は「心筋梗糞が起きたかどうか」です。

そして、中心にある4つのマス(a, b, c, d)が、この物語の核心です。

  • a: 薬A群で、心筋梗塞が起きた人数 (20人)
  • b: 薬A群で、心筋梗塞が起きなかった人数 (980人)
  • c: 薬B群で、心筋梗塞が起きた人数 (50人)
  • d: 薬B群で、心筋梗塞が起きなかった人数 (950人)

素晴らしいことに、この4つの数字さえあれば、私たちがこれから学ぶ様々なリスク指標をすべて計算できてしまうのです。

調理の第一歩:各グループのリスクを計算する

さて、材料が調理台に並びました。本格的な調理(=指標の計算)に入る前に、まずそれぞれのグループで「心筋梗塞がどれくらいの割合で起きたのか」を計算しておきましょう。これをリスク、あるいは累積罹患率 (cumulative incidence) と呼びます。要するに、その集団におけるイベントの発生確率のことですね。

薬A群(介入群)のリスク (R₁)
これは、「薬Aを飲んだ1,000人のうち、何人が心筋梗塞になったか」という割合です。

\[ R_1 = \dfrac{\text{イベントが起きた人数 (a)}}{\text{グループの全人数 (a+b)}} = \dfrac{20}{1000} = 0.02 \text{ (つまり 2%)} \]

薬B群(対照群)のリスク (R₀)
同様に、「薬Bを飲んだ1,000人のうち、何人が心筋梗塞になったか」の割合です。

\[ R_0 = \dfrac{\text{イベントが起きた人数 (c)}}{\text{グループの全人数 (c+d)}} = \dfrac{50}{1000} = 0.05 \text{ (つまり 5%)} \]

これで下ごしらえは完璧です!私たちは今、「薬A群のリスクは2%、薬B群のリスクは5%」という、比較のための2つの重要な数字を手に入れました。 準備は整いました。それではいよいよ、これらの数字を使って薬Aの効果を様々な角度から評価する、個性豊かなリスク指標たちの登場です!


4人のヒーローが語る、リスク指標の物語

さて、調理台に並べた「リスク2%」と「リスク5%」という2つの数字。ここから、いよいよ4人の個性豊かなヒーローたちが、それぞれの得意な方法で「新薬Aの効果」という物語を読み解いていきます。彼らの語るストーリーは、どれも真実ですが、切り取る角度が全く異なります。一人ずつ、その能力と個性をじっくり見ていきましょう。

4人のヒーローが語る、リスク指標の物語 ⚪️ 従来薬Bのリスク: 5% 💊 新薬Aのリスク: 2% 👨‍⚕️ リスク差 (RD) 〜臨床現場のリアルな手応えを語る仕事人〜
「で、結局どれくらい効くの?」という疑問に、引き算でストレートに答える。治療判断に直結する最も実直な指標。
RD = R1 – R0 = 0.02 – 0.05 = -0.03 NNT = 1 / |RD| ≈ 33.3
🌟 リスク比 (RR) 〜プレゼンで輝く、インパクト絶大のスーパースター〜
効果を「何倍になったか」で鮮烈に伝える。学会発表などで脚光を浴びるが、元のリスクの大きさで意味合いが変わる点に注意。
RR = R1 / R0 = 0.02 / 0.05 = 0.4 リスクを 60% 減少させる
🕵️ オッズ比 (OR) 〜「過去」から真実を探る、頭脳派の探偵〜
過去に遡る症例対照研究で真価を発揮。「オッズ」を使い、リスクを直接計算できない状況でも関連の強さを示す。
OR = (ad) / (bc) ≈ 0.388 稀な疾患ではリスク比の良い近似値になる
🏛️ 寄与危険割合 (AR%) 〜社会を動かす、情熱の政策アドバイザー〜
ある要因が、集団の疾患発生にどれだけ「貢献」したかを分析。公衆衛生政策の根拠となり、社会全体に影響を与える。
AR% = (R1-R0)/R1 (曝露群で) 要因をなくせば防げた割合を可視化する

ヒーロー①:リスク差 (RD) 〜臨床現場のリアルな手応えを語る仕事人〜

最初に登場するのは、最も実直で、臨床家にとって分かりやすいヒーロー、リスク差 (Risk Difference, RD)です。彼は派手さはありませんが、私たちの「で、結局のところ、どれくらい効くの?」という最も知りたい疑問に、ストレートに答えてくれます。

彼の得意技は、極めてシンプルな「引き算」です。

\[ \text{リスク差 (RD)} = \text{介入群のリスク } (R_1) – \text{対照群のリスク } (R_0) \]

早速、今回のシナリオで計算してもらいましょう。

\[ \text{RD} = 0.02 – 0.05 = -0.03 \]

この「-0.03」が彼の答えです。これは、「新薬Aを服用すると、従来薬Bと比べて、心筋梗塞のリスクが絶対的に3%ポイント減少する」ことを意味します。彼の実直さが光るのはここからです。この「3%」という数字は、治療必要数 (Number Needed to Treat, NNT) という、臨床判断に直結する指標へと変身させることができます。

NNTとは、Douglas G. Altman氏らが提唱した概念で、「1人の患者でアウトカム(今回は心筋梗塞)を防ぐために、何人にその治療を行う必要があるか」を示す指標です (Altman, 1998)。計算は、リスク差の絶対値(マイナスを取った値)で1を割るだけです。

\[ \text{NNT} = \dfrac{1}{|\text{RD}|} \]

今回の例では、\(|-0.03|\) の逆数、つまり \(1 \div 0.03 \approx 33.3\) となります。ここから導き出される彼の結論はこうです。

「約33人の患者さんに新薬Aを1年間投与することで、従来薬Bを使った場合に比べて、1人の心筋梗塞発症を防ぐことが期待できます」

どうでしょう?非常に具体的で、目の前の患者さんや医療経済的な視点で考える際の、強力な判断材料になると思いませんか?これが、リスク差というヒーローの最大の魅力です。

👨‍⚕️ ヒーロー①:リスク差 (RD) 〜臨床現場のリアルな手応えを語る仕事人〜 対照群のリスク (R0) 5% 介入群のリスク (R1) 2% 得意技はシンプルな「引き算」 RD = 2% – 5% = -3% 臨床判断に直結する指標へ変身! NNT = 1 / |RD| = 1 / 0.03 NNT ≈ 33.3 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑 🧑
約33人に新薬Aを投与することで、従来薬Bと比べ
1人の心筋梗塞発症を防ぐことが期待できる

ヒーロー②:リスク比 (RR) 〜プレゼンで輝く、インパクト絶大のスーパースター〜

次に登場するのは、学会発表や論文のアブストラクトで脚光を浴びるスーパースター、リスク比 (Relative Risk, RR)です。彼の仕事は、効果の大きさを「何倍になったか」という相対的なスケールで、鮮烈に伝えることです。

彼の得意技は、キレのある「割り算」です。

\[ \text{リスク比 (RR)} = \dfrac{\text{介入群のリスク } (R_1)}{\text{対照群のリスク } (R_0)} \]

彼が計算すると、結果はこうなります。

\[ \text{RR} = \dfrac{0.02}{0.05} = 0.4 \]

彼のプレゼンテーションは非常に魅力的です。「新薬Aの服用により、心筋梗塞のリスクは従来薬Bの0.4倍にまで低下します!これは、リスクを60%も減少させる(\(1 – 0.4 = 0.6\))画期的な結果です!」

この「60%減少」という言葉は、力強く、記憶に残りやすいですよね。しかし、このスーパースターには注意すべき点があります。それは、元のリスク(ベースラインリスク)の大きさによって、同じ「60%減」でも意味合いが大きく変わることです。

例えば、もし元のリスクが極めて低い疾患(例:薬Bで0.005%、薬Aで0.002%)だったとしても、リスク比は同じ0.4(60%減)です。しかし、このときのリスク差はたったの0.003%で、NNTは約33,333人にもなります。彼の華やかな言葉に魅了されるだけでなく、常に冷静な仕事人である「リスク差」の視点とセットで評価することが、私たちには求められるのです。

🌟 ヒーロー②:リスク比 (RR) 〜プレゼンで輝く、インパクト絶大のスーパースター〜 彼の仕事:効果の大きさを「何倍になったか」で鮮烈に伝える 介入群リスク (R1): 2% ÷ 対照群リスク (R0): 5% RR = 0.02 / 0.05 = 0.4 リスクを 60% 減少! ⚠️ 注意点:元のリスクでインパクトが変わる! 同じ「60%減少」でも、元のリスク(ベースラインリスク)によって臨床的意味は大きく異なる。 シナリオ1:元のリスクが高い場合 R0 = 5% → RR = 0.4 (60%減) リスク差 (RD) = 3% 治療必要数 (NNT) ≈ 33 シナリオ2:元のリスクが低い場合 R0 = 0.005% → RR = 0.4 (60%減) リスク差 (RD) = 0.003% 治療必要数 (NNT) ≈ 33,333
スーパースター(RR)の言葉に魅了されるだけでなく、常に冷静な仕事人である「リスク差」の視点とセットで評価することが重要です。

ヒーロー③:オッズ比 (OR) 〜「過去」から真実を探る、頭脳派の探偵〜

3人目は、少し特殊な状況でこそ真価を発揮する、頭脳派の探偵、オッズ比 (Odds Ratio, OR)です。彼の出番は、これまでのような「未来」に向かって人々を追跡するコホート研究ではなく、「過去」に遡って原因を探る症例対照研究で特に重要になります。

なぜ探偵が必要なのでしょうか?例えば、非常に稀な疾患の原因を探りたい場合、何万人もの人々を何十年も追跡するのは現実的ではありません。そこで、まずその稀な疾患にかかった患者さん(症例)と、かかっていない健康な人(対照)を集めてきて、「過去に、特定の要因(例:ある化学物質への曝露)がありましたか?」と聞き取り調査をします。このような「結果→原因」と遡るデザインでは、そもそも集団全体の発生率(リスク)を計算することができません。そこで、この探偵の出番となるのです。

[Deep Dive! ] なぜ探偵(オッズ比)が必要なのか?「結果→原因」と遡る研究の構造的限界

この問いに答える鍵は、研究のスタート地点にあります。コホート研究と症例対照研究、この2つのデザインを「映画の撮影方法」に例えてみると、その違いが鮮明になります。

コホート研究:壮大なドキュメンタリー映画

コホート研究は、「原因→結果」の順で時間を追う、壮大なドキュメンタリー映画のようなものです。

  1. キャスティング:まず、撮影監督(研究者)は、ある町(=母集団)から健康な住民1万人をキャストとして選びます。この時点では、まだ誰も病気(=結果)になっていません。これが「観察対象の集団(分母)」が確定した瞬間です。
  2. 撮影開始:監督はキャストを「特定の化学物質を浴びる工場で働く人(曝露群)」5,000人と、「浴びないオフィスで働く人(非曝露群)」5,000人に分け、10年間じっと追いかけ続けます。
  3. 結末:10年後、工場勤務グループでは100人が、オフィス勤務グループでは10人が、ある特定の病気を発症しました。

この撮影方法なら、それぞれのグループで病気が発生した「確率」、つまりリスク(発生率)を直接計算できますよね。

  • 工場グループのリスク: \( \dfrac{100 \text{人}}{5000 \text{人}} = 2\% \)
  • オフィスグループのリスク: \( \dfrac{10 \text{人}}{5000 \text{人}} = 0.2\% \)

このように、リスクを計算するためには、「調査開始時点での、リスクを抱えた集団全体の人数(分母)」が絶対に必要不可欠なのです。


症例対照研究:事件現場から始まるミステリー映画

一方、症例対照研究は、「結果→原因」と時間を遡る、事件現場から始まるミステリー映画です。

  1. キャスティング:探偵(研究者)は、すでに事件が起きた後から調査を始めます。まず、ある稀な病気にかかってしまった患者さん100人(症例=ケース)を病院で見つけ出します。次に、その患者さんたちと年齢や性別などの背景が似ている、病気ではない健康な人200人(対照=コントロール)を協力者として選びます。
  2. 聞き込み開始:探偵は、集めた合計300人の一人ひとりに、「10年前に、あの化学物質を浴びる工場で働いていましたか?」と過去の行動(=曝露)について聞き込みをします。
  3. 分析:結果、患者グループの80%が、健康な人のグループでは30%が、過去に工場で働いていたことが判明しました。

さあ、ここで考えてみてください。このミステリー映画の登場人物たちから、町全体での病気の発生率(リスク)を計算できるでしょうか?

答えは、不可能です。 なぜなら…

決定的な理由:研究者が「分母」を自由に決めてしまっているから

この研究に参加した300人という集団は、町全体の人口を反映したものでは全くありません。探偵(研究者)が「患者100人」と「健康な人200人」という比率を、調査の都合で人為的に作り出したからです。もしかしたら、この100人の患者さんは、人口10万人の町から出てきたのかもしれないし、1000万人の大都市から出てきたのかもしれない。元の町の人口、つまりリスク計算に必要な「分母」の情報が、このデザインでは完全に失われているのです。

研究の中での患者の割合(100人 / 300人 = 33%)は、町全体での真の発生率(例:100人 / 100,000人 = 0.1%)とは全く関係ありません。

このように、「結果」からスタートし、研究者がケースとコントロールの人数を意図的に選んでくる症例対照研究では、リスクというドキュメンタリー映画の結末を計算するための「最初のキャスト(分母)」が存在しません。だからこそ、リスク比やリスク差といったヒーローは活躍できず、代わりに過去の曝露の「ありやすさ(オッズ)」を比較する、探偵(オッズ比)の出番となるわけです。

彼の武器は「確率」ではなく「オッズ」です。オッズとは、「ある事象が起こる確率」と「起こらない確率」の比を指します。

\[ \text{オッズ} = \dfrac{\text{事象が起こる確率 } (p)}{\text{事象が起こらない確率 } (1-p)} \]

彼は、介入群と対照群、それぞれのオッズを計算し、さらにその「比」をとることで、2つの群を比較します。これが彼の名前の由来、オッズ比です。

\[ \text{オッズ比 (OR)} = \dfrac{\text{介入群のオッズ}}{\text{対照群のオッズ}} = \dfrac{a/b}{c/d} = \dfrac{ad}{bc} \]

今回の例(コホート研究ですが、計算は可能です)で彼が計算すると、

\[ \text{OR} = \dfrac{20 \times 950}{980 \times 50} \approx 0.388 \]

となります。この値(0.388)が、リスク比(0.4)と非常に近いことに気づきましたか?これは偶然ではありません。疫学の大家であるSander Greenlandらが示したように、疾患の発生率が低い場合(稀な疾患の仮定)、オッズ比はリスク比の非常に良い近似値になることが知られています (Greenland, 1987)。

しかし、彼を扱う上で絶対に忘れてはならないのは、彼が語るのはあくまで「オッズの比」であり、「リスクの比」ではないということです。疾患の発生率が高い場合、この2つの値は大きくずれてくるため、オッズ比をリスク比のように解釈すると、効果を過大評価してしまう危険性があります。

🕵️ ヒーロー③:オッズ比 (OR) 〜「過去」から真実を探る、頭脳派の探偵〜 探偵の出番:研究デザインによって指標を使い分ける コホート研究 要因 → 未来へ追跡 → 結果 症例対照研究 結果 → 過去へ探索 → 要因 調査ファイル 【武器】オッズ 「起こる確率」と「起こらない確率」の比 オッズ = p / (1 – p) 【計算】オッズの比 OR = (a/b) / (c/d) = ad / bc (20×950)/(980×50) ≈ 0.388 💡 重要な発見 稀な疾患の場合、ORはRRの良い近似値になる OR ≈ 0.388 RR ≈ 0.400 ⚠️ 最終報告:忘れてはならない注意点
オッズ比はリスク比ではありません。疾患の発生率が高い場合、
オッズ比をリスク比のように解釈すると、効果を過大評価する危険性があります。

ヒーロー④:寄与危険割合 (AR%) 〜社会を動かす、情熱の政策アドバイザー〜

最後のヒーローは、個々の患者だけでなく、集団や社会全体に目を向ける政策アドバイザー、寄与危険割合 (Attributable Risk Percent, AR%)です。彼の役割は、「あるリスク要因(曝露)が、その集団における疾患発生に、一体どれだけ『貢献』してしまっているのか?」を明らかにすることです。

彼の分析手法は、曝露があった場合のリスクと、なかった場合のリスクの差が、曝露があった場合のリスク全体に占める割合を計算することです。

\[ \text{寄与危険割合 (AR%)} = \dfrac{R_1 – R_0}{R_1} \times 100 \]

彼の活躍が最もイメージしやすいのは、喫煙と肺がんの例でしょう。仮に、喫煙者(曝露群, \(R_1\))の肺がんリスクが10%、非喫煙者(非曝露群, \(R_0\))のリスクが1%だったとします。彼が分析すると、

\[ \text{AR%} = \dfrac{0.10 – 0.01}{0.10} \times 100 = 90\% \]

ここから彼が導き出す提言は、非常にパワフルです。「現在、喫煙が原因で肺がんになっている方々のうち、その90%は、もし彼らが喫煙していなければ、理論上は防げた可能性があると推定されます」 (Szklo and Nieto, 2019)。

この数字は、禁煙キャンペーンやたばこ税の増税といった公衆衛生政策の科学的根拠となり、社会全体を動かす大きな力となります。ただし、彼もまた万能ではなく、この計算は観察研究に基づくことが多いため、他の要因(交絡因子)が結果に影響を与えている可能性を常に考慮する必要があります。

🏛️ ヒーロー④:寄与危険割合 (AR%) 〜社会を動かす、情熱の政策アドバイザー〜 彼の問い:「そのリスク要因は、集団の疾患発生にどれだけ『貢献』しているのか?」 喫煙者のうち肺がんになる10人の内訳を分析する 🫁🫁🫁🫁🫁🫁🫁🫁🫁 🫁 喫煙がなければ防げた可能性 (9人) 基礎リスク (1人) したがって、喫煙者の肺がん発生のうち、喫煙が寄与した割合は… AR% = 9人 (超過分) / 10人 (全体) = 90% パワフルな提言
「喫煙者の肺がんのうち、その90%は、
もし喫煙していなければ理論上は防げた可能性がある」
📢 禁煙キャンペーン 💰 たばこ税増税 💡 アドバイザーのメモ:観察研究が多いため、他の要因(交絡因子)の影響も常に考慮する必要がある。

物語の核心へ:4人のヒーローをどう使い分けるか?

さて、個性豊かな4人のヒーローたちの活躍を見てきました。彼らは同じデータを基にしながらも、全く異なる視点から「新薬Aの効果」という物語を語ってくれました。では、私たちは論文や臨床現場で新たな疑問に直面したとき、どのヒーローを頼ればいいのでしょうか?

それは、あなたが「何を知りたいか」によって決まります。以下の「問いの地図」が、あなたに最適なヒーローを教えてくれるでしょう。


【あなたの問いは?】
├─ Q. 目の前の患者さんにとって、絶対的にどれくらい効果がある?
│   └─▶ 呼ぶべきヒーロー: リスク差 (RD)
│       └─▶ 知れること: 治療必要数 (NNT)
│
├─ Q. 効果のインパクトを、相対的にズバッと知りたい!
│   └─▶ 呼ぶべきヒーロー: リスク比 (RR)
│
├─ Q. 過去に遡る研究(症例対照研究)の結果を解釈したい
│   └─▶ 呼ぶべきヒーロー: オッズ比 (OR)
│
└─ Q. このリスク要因が社会に与える影響の大きさを知りたい
    └─▶ 呼ぶべきヒーロー: 寄与危険割合 (AR%)

彼らの能力と決め台詞を、最後にもう一度、一覧で確認しておきましょう。

ヒーロー名決め台詞 / 能力主な活躍の舞台
リスク差 (RD)「33人に1人、救えます」。臨床現場でのリアルな手応えを伝える。治療法導入の是非など、具体的な臨床判断を下す時。
リスク比 (RR)「リスクを60%カット!」。効果のインパクトを最大化して伝える。研究成果のヘッドラインや、効果の大きさを直感的に伝えたい時。
オッズ比 (OR)「過去を遡れば、関連性が見える」。限られた情報から答えを導く。症例対照研究など、リスク(発生率)を直接計算できない研究を解釈する時。
寄与危険割合 (AR%)「この要因がなければ、90%は防げたはず」。社会への提言を行う。禁煙政策など、公衆衛生上の介入のインパクトを評価する時。

レンズを使い分けるように、指標を使いこなす

ここで最も大切なのは、これまで何度も触れてきたように、「どのヒーローが一番優れている」というわけではないということです。

彼らは、同じ真実を写し出すための、性能の異なる「カメラのレンズ」のようなものだと私は考えています。

  • リスク差 (RD) は、被写体にグッと寄って細部を描写するマクロレンズです。患者さん一人ひとりへの影響という、リアルな手触りを伝えてくれます。
  • リスク比 (RR) は、特定の効果を劇的に切り取る望遠レンズ。遠くからでも目を引く、力強い一枚を撮ることができます。
  • オッズ比 (OR) は、暗闇や特殊な環境でこそ力を発揮する特殊レンズ(暗視スコープのようなもの)です。他のレンズでは写せない状況(症例対照研究)の真実を捉えてくれます。
  • 寄与危険割合 (AR%) は、風景全体を一枚に収める広角レンズ。社会全体という大きなスケールでの影響を示してくれます。

一枚の写真だけを見て全体を判断しないように、私たちは一つの指標だけで研究の価値を判断してはいけません。論文を読むときは、望遠レンズ(リスク比)が写し出すインパクトに驚きつつも、「マクロレンズ(リスク差)で見たら、被写体はどれくらいの大きさなんだろう?」と思いを馳せることが、批判的吟味(critical appraisal) の本質です。

これらの指標と仲良くなることで、あなたは単なる論文の読者から、その数字の裏に隠されたストーリーを能動的に読み解く「探偵」へと変わります。次に論文を読むとき、ぜひ自問してみてください。「この論文の著者は、なぜこの指標(レンズ)を選んだのだろう?」と。その問いこそが、あなたをより深い洞察へと導く、次なる冒険の始まりです。


参考文献

  • Altman, D.G. (1998) ‘Confidence intervals for the number needed to treat’, BMJ, 317(7168), pp. 1309–1312. doi:10.1136/bmj.317.7168.1309.
  • Fletcher, R.H., Fletcher, S.W. and Fletcher, G.S. (2014) Clinical Epidemiology: The Essentials. 5th ed. Philadelphia, PA: Wolters Kluwer.
  • Gordis, L. (2018) Epidemiology. 6th ed. Philadelphia, PA: Elsevier.
  • Greenland, S. (1987) ‘Interpretation and choice of effect measures in epidemiologic analyses’, American Journal of Epidemiology, 125(5), pp. 761–768. doi:10.1093/oxfordjournals.aje.a114593.
  • Hennekens, C.H. and Buring, J.E. (1987) Epidemiology in Medicine. Boston, MA: Little, Brown.
  • Rothman, K.J., Greenland, S. and Lash, T.L. (2008) Modern Epidemiology. 3rd ed. Philadelphia, PA: Lippincott Williams & Wilkins.
  • Szklo, M. and Nieto, F.J. (2019) Epidemiology: Beyond the Basics. 4th ed. Burlington, MA: Jones & Bartlett Learning.

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  1. 本サイトは、医療分野におけるAI技術に関する一般的な情報提供および技術的な学習機会の提供を唯一の目的とします。
  2. 本サイトで提供されるすべてのコンテンツ(文章、図表、コード、データセットの紹介等を含みますが、これらに限定されません)は、一般的な学習参考用であり、いかなる場合も医学的な助言、診断、治療、またはこれらに準ずる行為(以下「医行為等」といいます)を提供するものではありません。
  3. 本サイトのコンテンツは、特定の製品、技術、または治療法の有効性、安全性を保証、推奨、または広告・販売促進するものではありません。紹介する技術には研究開発段階のものが含まれており、その臨床応用には、さらなる研究と国内外の規制当局による正式な承認が別途必要です。
  4. 本サイトは、情報提供を目的としたものであり、特定の治療法を推奨するものではありません。健康に関するご懸念やご相談は、必ず専門の医療機関にご相談ください。

第2条(法令等の遵守)
利用者は、本サイトの利用にあたり、医師法、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)、個人情報の保護に関する法律、医療法、医療広告ガイドライン、その他関連する国内外の全ての法令、条例、規則、および各省庁・学会等が定める最新のガイドライン等を、自らの責任において遵守するものとします。これらの適用判断についても、利用者が自ら関係各所に確認するものとし、本サイトは一切の責任を負いません。

第3条(医療行為における責任)

  1. 本サイトで紹介するAI技術・手法は、あくまで研究段階の技術的解説であり、実際の臨床現場での診断・治療を代替、補助、または推奨するものでは一切ありません。
  2. 医行為等に関する最終的な判断、決定、およびそれに伴う一切の責任は、必ず法律上その資格を認められた医療専門家(医師、歯科医師等)が負うものとします。AIによる出力を、資格を有する専門家による独立した検証および判断を経ずに利用することを固く禁じます。
  3. 本サイトの情報に基づくいかなる行為によって利用者または第三者に損害が生じた場合も、本サイト運営者は一切の責任を負いません。実際の臨床判断に際しては、必ず担当の医療専門家にご相談ください。本サイトの利用によって、利用者と本サイト運営者の間に、医師と患者の関係、またはその他いかなる専門的な関係も成立するものではありません。

第4条(情報の正確性・完全性・有用性)

  1. 本サイトは、掲載する情報(数値、事例、ソースコード、ライブラリのバージョン等)の正確性、完全性、網羅性、有用性、特定目的への適合性、その他一切の事項について、何ら保証するものではありません。
  2. 掲載情報は執筆時点のものであり、予告なく変更または削除されることがあります。また、技術の進展、ライブラリの更新等により、情報は古くなる可能性があります。利用者は、必ず自身で公式ドキュメント等の最新情報を確認し、自らの責任で情報を利用するものとします。

第5条(AI生成コンテンツに関する注意事項)
本サイトのコンテンツには、AIによる提案を基に作成された部分が含まれる場合がありますが、公開にあたっては人間による監修・編集を経ています。利用者が生成AI等を用いる際は、ハルシネーション(事実に基づかない情報の生成)やバイアスのリスクが内在することを十分に理解し、その出力を鵜呑みにすることなく、必ず専門家による検証を行うものとします。

第6条(知的財産権)

  1. 本サイトを構成するすべてのコンテンツに関する著作権、商標権、その他一切の知的財産権は、本サイト運営者または正当な権利を有する第三者に帰属します。
  2. 本サイトのコンテンツを引用、転載、複製、改変、その他の二次利用を行う場合は、著作権法その他関連法規を遵守し、必ず出典を明記するとともに、権利者の許諾を得るなど、適切な手続きを自らの責任で行うものとします。

第7条(プライバシー・倫理)
本サイトで紹介または言及されるデータセット等を利用する場合、利用者は当該データセットに付随するライセンス条件および研究倫理指針を厳格に遵守し、個人情報の匿名化や同意取得の確認など、適用される法規制に基づき必要とされるすべての措置を、自らの責任において講じるものとします。

第8条(利用環境)
本サイトで紹介するソースコードやライブラリは、執筆時点で特定のバージョンおよび実行環境(OS、ハードウェア、依存パッケージ等)を前提としています。利用者の環境における動作を保証するものではなく、互換性の問題等に起因するいかなる不利益・損害についても、本サイト運営者は責任を負いません。

第9条(免責事項)

  1. 本サイト運営者は、利用者が本サイトを利用したこと、または利用できなかったことによって生じる一切の損害(直接損害、間接損害、付随的損害、特別損害、懲罰的損害、逸失利益、データの消失、プログラムの毀損等を含みますが、これらに限定されません)について、その原因の如何を問わず、一切の法的責任を負わないものとします。
  2. 本サイトの利用は、学習および研究目的に限定されるものとし、それ以外の目的での利用はご遠慮ください。
  3. 本サイトの利用に関連して、利用者と第三者との間で紛争が生じた場合、利用者は自らの費用と責任においてこれを解決するものとし、本サイト運営者に一切の迷惑または損害を与えないものとします。
  4. 本サイト運営者は、いつでも予告なく本サイトの運営を中断、中止、または内容を変更できるものとし、これによって利用者に生じたいかなる損害についても責任を負いません。

第10条(規約の変更)
本サイト運営者は、必要と判断した場合、利用者の承諾を得ることなく、いつでも本規約を変更することができます。変更後の規約は、本サイト上に掲載された時点で効力を生じるものとし、利用者は変更後の規約に拘束されるものとします。

第11条(準拠法および合意管轄)
本規約の解釈にあたっては、日本法を準拠法とします。本サイトの利用および本規約に関連して生じる一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。


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この記事を書いた人

医師・医学博士・AI研究者・連続起業家
元厚生労働省幹部・ハーバード大学理学修士・ケンブリッジ大学MBA・コロンビア大学行政修士(経済)
岡山大学医学部卒業後、内科・地域医療に従事。厚生労働省で複数室長(医療情報・救急災害・国際展開等)を歴任し、内閣官房・内閣府・文部科学省でも医療政策に携わる。
退官後は、日本大手IT企業や英国VCで新規事業開発・投資を担当し、複数の医療スタートアップを創業。現在は医療AI・デジタル医療機器の開発に取り組むとともに、東京都港区で内科クリニックを開業。
複数大学で教授として教育・研究活動に従事し、医療関係者向け医療AIラボ「Medical AI Nexus」、医療メディア「The Health Choice | 健康の選択」を主宰。
ケンブリッジ大学Associate・社会医学系指導医・専門医・The Royal Society of Medicine Fellow

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