AIには、すでにあるものを見分ける「識別モデル」と、新しいデータを創り出す「生成モデル」があります。ここでは生成AIの基本と医療への応用を学びます。
識別モデル (探偵): データから正解を見分けます(例: CT画像から病変を特定)。
生成モデル (芸術家): 学習したデータから、本物そっくりの新しいデータを創り出します(例: 珍しい疾患の画像を生成)。
🗣️ LLM: カルテ要約や論文検索など、言葉を扱う知的作業が得意。
🖼️ 拡散モデル: ノイズから高精細な画像を生成。希少疾患の画像作成に応用。
➕ データ拡張: 少ないデータを「水増し」し、AIの学習効率を高める。
光 (期待): 創薬の加速、個別化医療、医学教育の革新などが期待されます。
影 (課題): AIが嘘をつく「ハルシネーション」や、倫理・プライバシーの問題を乗り越える必要があります。
「この患者さんの症状に似た、過去の希少疾患の症例画像をいくつか見たいな…」「この研究データを元に、新しい治療法の仮説を立てられないだろうか?」
臨床や研究の現場で、こんな風に思ったことはありませんか? まるで優秀なアシスタントが、必要なデータやアイデアを「創り出して」くれたら…と。一昔前ならSFの世界だったこの願いが、今、「生成AI(Generative AI)」という技術によって、現実のものになろうとしています。
今回は、AIが単なる分析ツールを超え、新たな知識やデータを「創造」する力を持つに至った秘密、「生成モデル」という魔法の画材について、一緒に探検していきましょう。
「識別モデル」と「生成モデル」:AI界の探偵と芸術家
これまでの医療AIの多くは、「識別モデル」という種類のAIでした。これは、いわば”名探偵”のような存在です。
たくさんの証拠(データ)から、「これは肺結節の影だ」「この心電図の波形は心房細動のパターンだ」と、正解をピタリと当てるのが得意技。画像診断支援AIなどがその代表例ですね。非常に優秀ですが、彼らの仕事はあくまで「すでにあるものを見分ける」ことでした。
一方で、今回主役の「生成モデル」は、”万能の芸術家”です。膨大な数の名画を鑑賞して画家のスタイルを学び、全く新しいオリジナルの絵画を描き出すように、学習したデータの本質を理解し、そこから新しい、本物そっくりのデータを創り出すことができます。
この違い、もう少し身近な例で考えてみましょう。
つまり生成モデルは、データが「どのようなルール(確率分布)に従って生まれてくるのか」という、より根源的な部分を学習しているんです。だからこそ、そのルールに沿った新しいデータを、まるで本物のように生み出せるのですね。
生成AIのスター選手たち:それぞれの得意技
「生成モデル」という画材にも、絵の具や粘土、彫刻刀のように様々な種類があります。ここでは、特に医療分野で活躍が期待されるスター選手たちをご紹介します。
言葉の魔術師:大規模言語モデル(LLM)
まず、皆さんも一度は名前を聞いたことがあるかもしれない「大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)」です。ChatGPTなどがその代表ですね。
彼らは、いわば「世界中の医学書や論文をすべて読破した、超博識なアシスタント」のような存在。膨大なテキストデータを学習することで、人間が使う言葉のニュアンスや文脈を深く理解しています。

その能力は、単なる質疑応答に留まりません。例えば、複雑な電子カルテの診療録を数行に要約したり、患者さんへの説明文の草案を作成したり、最新の論文を元に関連研究をリストアップしたりと、医療従事者の知的作業を劇的に効率化する可能性を秘めています。Google DeepMindと米国の複数の研究機関による分析によれば、LLMは米国の医師資格試験(USMLE)で合格ラインに達するほどの知識を有していることが示されており、その潜在能力の高さが伺えます (Singhal et al., 2023)。

幻の画家:拡散モデル(Diffusion Model)
次に紹介するのは、画像生成の分野で革命を起こした「拡散モデル」です。彼らは「ノイズだらけの砂嵐の中から、徐々に美しい風景を浮かび上がらせる彫刻家」と考えるとイメージしやすいかもしれません。
その仕組みは非常にユニークです。
- ① 壊す過程を学ぶ:まず、綺麗な医療画像(例えばMRI画像)に、少しずつノイズを加えていき、最終的に完全なノイズにしてしまう過程をAIに学習させます。
- ② 復元する術を学ぶ:次に、その「逆再生」を徹底的に学習します。つまり、ノイズだけの状態から、どのようにノイズを取り除いていけば元の綺麗な画像に戻せるか、その「復元の呪文」を覚えるのです。
この復元の術をマスターしたAIは、もはや元の画像がなくても、全くのノイズからスタートして、本物と見紛うような新しい医療画像を創り出すことができるようになります (Ho, Jain and Abbeel, 2020)。
この技術は、例えば、放射線被ばくを抑えるために低線量で撮影されたCT画像からノイズを除去して高画質化したり、学習データが少ない希少疾患の画像を人工的に生成し、研究レベルで診断AIの性能を検証する試みも進められています (Frid-Adar et al., 2018)。
データの錬金術師:データ拡張(Data Augmentation)
最後に紹介するのは、少し縁の下の力持ち的な存在ですが、医療AI開発において極めて重要な「データ拡張」です。
医療AIを開発する上で最大の壁の一つが、「学習データの不足」です。特に希少疾患では、十分な数の症例画像を集めるのは至難の業。AIも、教科書が数ページしかない状態では賢くなれませんよね。
ここで登場するのが、データ拡張という名の”錬金術”です。これは「一枚の画像を、角度を少し変えたり、明るさを調整したり、反転させたりして、何枚ものバリエーションに水増しする」技術です。生成モデル(特にGAN(敵対的生成ネットワーク)やVAE(変分オートエンコーダ)といった古典的なモデル)の力を借りれば、単なる加工に留まらず、より多様でリアルなデータを生成し、AIの学習効率と精度を飛躍的に高めることができます (Goodfellow et al., 2014; Kingma and Welling, 2013)。
少ない元手から、AIにとっての”栄養”であるデータを大量に生み出す。まさに、医療AI開発を支える重要な技術なんです。
医療の未来を描く「画材」としての可能性と課題
生成モデルという新しい画材は、私たちの医療にどんな未来図を描いてくれるのでしょうか。
光:期待される革命
- 研究開発の加速:新しい薬剤候補の分子構造を生成したり、仮想の患者集団で臨床試験をシミュレーション(In Silico試験)したりすることで、創薬や治療法開発のスピードが格段に上がると期待されています。
- 個別化医療の深化:患者一人ひとりの遺伝子情報や生活習慣データを元に、その人に最適化された治療計画のシミュレーションや提案が可能になるかもしれません。
- 医学教育の革新:リアルな仮想患者や希少症例のシミュレーションを通じて、若手医師が安全かつ効果的に臨床経験を積むことができます。
影:乗り越えるべき課題
一方で、この強力な画材を扱うには、大きな責任と慎重さが求められます。生成AIを医療に応用する際は、患者個人を特定し得る情報を含まないよう十分に配慮し、最終的な判断責任は常に医療従事者にあることを忘れてはなりません (Mittelstadt, 2019)。
最も注意すべきは「ハルシネーション(Hallucination)」です。これは、AIが事実に基づかない、もっともらしい嘘を生成してしまう現象であり、医療という生命に関わる領域では深刻なリスクとなり得ます (Thirunavukarasu et al., 2023)。
その他にも、学習データに含まれるバイアスをAIが増幅させてしまう問題や、患者のプライバシー保護、AIが誤った判断をした際の責任の所在など、解決すべき倫理的・法的な課題は山積みです。日本においても、厚生労働省などが医療AI開発・利活用に関するガイドラインを示しており、これらの遵守が不可欠です。
まとめ:新しい画材を手に、未来の医療を描くのは私たち
AIが「創造」する力を持つようになった生成モデルの世界、いかがでしたか?
生成モデルは、医療を単なる科学技術から、データに基づいた「創造性」が融合する、新たなアートの領域へと引き上げてくれる可能性を秘めた、まさに魔法の画材です。しかし、どんなに優れた画材も、それを使う画家がいなければただの道具に過ぎません。
この新しい画材の特性を深く理解し、その限界やリスクを認識した上で、倫理観を持って使いこなす。そうして未来の医療というキャンバスにどのような絵を描いていくのかは、最終的に私たち医療者に委ねられています。このコースを通して、ぜひ一緒にその使い方を学んでいきましょう。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の治療法や医療機器を推奨するものではありません。診療に関する判断は、必ず専門の医師の指導のもとで行ってください。
参考文献
- Goodfellow, I., Pouget-Abadie, J., Mirza, M., Xu, B., Warde-Farley, D., Ozair, S., Courville, A. and Bengio, Y. (2014). Generative Adversarial Nets. In: Advances in Neural Information Processing Systems 27 (NIPS 2014). Available at: https://papers.nips.cc/paper/2014/hash/5ca3e9b122f61f8f06494c97b1afccf3-Abstract.html
- Kingma, D.P. and Welling, M. (2013). Auto-Encoding Variational Bayes. arXiv [stat.ML]. Available at: https://arxiv.org/abs/1312.6114 [Preprint]
- Ho, J., Jain, A. and Abbeel, P. (2020). Denoising Diffusion Probabilistic Models. In: Advances in Neural Information Processing Systems 33 (NeurIPS 2020). Available at: https://papers.nips.cc/paper/2020/hash/4c5bcfec8584af0d967f1800aa1c4b72-Abstract.html
- Thirunavukarasu, A.J., Ting, D.S.J., Elangovan, K., Gutierrez, L., Tan, T.F. and Ting, D.S.W. (2023). Large language models in medicine. Nature Medicine, 29(8), pp.1930-1940. doi:10.1038/s41591-023-02448-8 PMID:37468625
- Singhal, K., Azizi, S., Tu, T., Mahdavi, S.S., Wei, J., Scales, H., Chowdhery, A., Brown, M., Varshney, A., Singh, G., Skipper, T., Lio, P., Matias, Y., Chou, P.A., Corrado, G.S., Heneghan, C. and Fleet, R. (2023). Large language models encode clinical knowledge. Nature, 620(7972), pp.172-180. doi:10.1038/s41586-023-06291-2 PMID:37407853
- Frid-Adar, M., Diamant, I., Klang, E., Amitai, M., Goldberger, J. and Greenspan, H. (2018). GAN-based synthetic medical image augmentation for improved liver lesion classification. Medical Image Analysis, 48, pp.117-128. doi:10.1016/j.media.2018.05.001 PMID:29885023
- Mittelstadt, B. (2019). Principles for AI ethics: from principles to practice. Nature Machine Intelligence, 1, pp.501-507. doi:10.1038/s42256-019-0114-1
- Hinton, G. (2022). Deep learning—a critical appraisal. arXiv [cs.LG]. Available at: https://arxiv.org/abs/2212.11281 [Preprint]
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